龍 神 の 詩 −短編集−

夜桜見物
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 笛の音が響く。

 赤々と燃えるかがり火が、淡い色の桜の花びらを照らし出す。


 彼らが囲むのは、この城下町で最も年を経た樹齢百年を超える枝垂(しだれ)桜。

 あるものは酒を飲み、またあるものは話し、木の下にも桜の見える部屋にもたくさんの人がいた。


 今日はここ中州城下町の花見祭り。

 朝からはじまり、夕方には終わる予定だったものが、あまりの盛り上がりぶりに夜桜見物にまでなってしまったのだ。


 そんな浮かれ騒ぐ大人たちを縁側から見ている少女が一人。

 年のころは、十代半ば。長く伸ばした髪を頭の高い位置で一つに束ねている。

 けだるげな様子で、片膝を抱えて座っている彼女は与羽(よう)。

 この小国――中州を治める城主の妹。つまりは姫君だ。


 しかし、彼女は今「姫」と言う上品な響きには似合わぬ仏頂面を浮かべていた。

 確かに桜は美しいし、酒も料理もおいしい。

 しかし、朝から真夜中まで桜を見続けては飽きてくるというものだ。


 しかも、ここにいるのは大人ばかり。

 一方の与羽はもう子どもと言われることは少ないが、まだ大人と言われることもない微妙な年齢。

 城の姫ということでこの場に付き合っているが、酔った大人たちは彼ら同士で楽しんでいる。

 帰るわけにもいかず、しかし辺りにもなじめず、与羽は一人ぽつんと少し離れた場所から桜を眺めていた。
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