「風水炎舞」

六章 炎狐と龍姫
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 与羽(よう)がいない。与羽の事を考えなくて済む。

 そう考えている時点で与羽を意識してしまっていることにも気づかず、辰海(たつみ)はひと月の間風見(かざみ)での仕事に奮闘した。

 父の後ろについて話を聞いたり、会議の議事録を取ったりする簡単な仕事だが、量が多い。


 卯龍(うりゅう)は毎日といっていいほど領主や大臣級の人と話し合っていたのだ。

 持参金はいくらにするべきか。従者はどれくらいの身分の者が何人か。

 同様に、風見で花嫁を迎える人数や身分についても細かく話し合われた。

 正確な日取りも決めなくてはならない。


 お互いの国や家の状況を把握し、正確な判断を下す父の能力はすさまじかったが、いつか――十数年後には越えられるかもしれないと思えた。

 少なくとも風見で会った自分より少しだけ年上の駆け出し文官に比べれば、能力的に勝っているはずだ。

 辰海はそう信じて疑わなかった。


 その考えは、中州への帰路についても変わらない。


 辰海は自分の能力の高さを分かっていたし、十二歳で文官準吏になったことがそれに裏づけを与えている。

 今は水月絡柳(すいげつ らくりゅう)が若い――しかも使用人の家系出身の有能な文官と言われているが、その目が辰海に向くのもそう遠い未来ではないだろう。

 どう思い描いても、数年のうちに順位を持った中級から上級の文官になった将来しか見えない。


 そして、はるか足元から辰海を畏敬の瞳で見つめる与羽――。

 あのわがままで自分勝手な小娘を自分の足もとにひれ伏させ、言うことをすべて聞かせ――。

 その光景を想像して、辰海はひとりほくそ笑んだ。


 そう思うと、中州城下町へ戻るのが楽しくすらあった。

 すでに国境を越え、中州国内に入っている。

 晩夏のまだ強い日差しを激しく照り返す月見川の輝きに目を細めつつ、並足で馬を駆った。


 街道沿いの田んぼでは、ほんのり黄みを帯びはじめた穂が垂れている。

 風が渡るたびにさわさわ音を立てるのが、ひずめの音にまぎれつつも聞こえた。
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