「風水炎舞」

三章 龍姫と賢帝ノ雛
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 夏――。

 春の田植えや政治で忙しい時期が過ぎたころ、中州の文官・武官登用試験が行われる。

 文官と武官両方を志す者もいるため、それぞれの試験は日付を変えて開かれ、梅雨が明けるか明けないかの文月(七月)中旬頃から、夏が盛りを迎える葉月(八月)の下旬まで一ヶ月以上も続く。

 中州中から官吏を志す人々が集まった城下町は、祭りにも似た独特のにぎわいを醸し出ていた。

 通りには普段見掛けない官吏志望の老若男女が行き交い、もめごとが起きないように武官がいつもより少し緊張した面持ちで巡回する。

 一鬼(かずき)道場の中も、今年武官試験を受ける人々が真剣な面持ちで竹刀を突き合わせ、型の確認を行い、強さを求めてひたすらに竹刀を振っていた。



「じゃまだ、チビ」

 道場の隅に座り込み、瞑想していた与羽(よう)はその声と風切り音に反応して、すぐさま体をずらした。

 次の瞬間、肩のすぐわきに竹刀が振り下ろされる。

 無駄のないようによけたつもりだったが、少し体勢が崩れた。

 肩にかかっていた髪の毛が数本竹刀に引っかかったらしい。


 頭皮に感じる軽い痛みに顔をしかめつつ、与羽は脇に置いていた竹刀を取り、邪魔にならない場所に移動しようとした。

 しかし、今度はその頭の位置を横薙ぎに竹刀が通過する。

 とっさにしゃがみこんだものの、相手の意図が読めず、困惑して竹刀をふるった相手を見た。


 二十歳前後の青年。

 道場でたまに顔を合わせはするが、口をきいたことは数えるほどしかなかったはずだ。

 商家の次男か三男だったように思うが、与羽は彼の名前すら知らない。
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