龍 神 の 詩 −暗鬼編−

龍神の郷 - 一章 天駆へ
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「私としては、比呼(ひこ)には凪(ナギ)ちゃんの所(とこ)に住んでもらって、大斗(だいと)先輩にたまに様子を見に行ってもらう、ってのが最善じゃと思ったけど――? 家近いし」

 そういうことを既に考えていたところを見ると、比呼をここに呼んでおいて、与羽(よう)も彼が同行者になる可能性はかなり低いと思っていたようだ。

 比呼の苦笑がさらに深くなる。


「それはダメだな、与羽」

 場に合わない、低く甘い声でそう言ったのは、乱舞(らんぶ)の隣に座る大斗。

「俺はお前と一緒に行く気満々なのに――」

「…大斗、逢引(あいびき)に誘ってるわけじゃないんだから……」

 そう言い、隣の大斗を肘でつつく乱舞だったが、彼の声にはあきらめの響きが宿っている。

 それでも与羽は、反論した。

「大斗先輩は家業が忙しいんじゃないですか?」

 彼の実家は鍛冶屋(かじや)。しかも現在は母親の実家の家業である、八百屋まで営んでいる。


「大丈夫だよ。親父もお袋も弟も元気だからね」

 大斗は涼しい顔で即答した。

「冬は八百屋の仕事が減るし。俺がいなくたって何とでもなる。

 そこのチビの監視も、弟がやるさ。千斗(せんと)は俺よりも優秀だしね」

 それは、弟が優秀なのではなく、大斗に問題があるだけなのではないだろうか。

 ほとんどの人がそう思ったが、懸命なことに誰も何も言わない。

 少なくとも、千斗は大斗のように与羽を見かけては剣の稽古に誘ったり、甘い言葉でからかったりしない。

 無口で有名になるほど、黙々と仕事をこなしているのが、千斗だ。
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