月と桜と人魚の哀歌

□第九幕
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「!?」



突然の後ろからの声にごんべえは慌てた様子で振り返った。

そこには長髪の男が着流しと羽織に身を包み、縁側の柱に背を預けて立っていた。

すぐにその人物が夜のリクオだと分かった。

ごんべえはしばらくリクオを見つめてまた月へと視線を戻した。

後ろから足音が近づいてくる。




「この姿で会うのは初めてだな」
「…」




そしてごんべえの隣にリクオは立った。

ふと石鹸のニオイが鼻をくすぐる。



「アンタは夜の姿にならねぇのか?」



リクオは何処か茶化すように言った。

ごんべえはそれが何処か気に食わず、少し睨むようにリクオを見た。




「夜の姿の方が、お好みでしたか?」




さっきの歌声と同じように美しい声がごんべえの口から零れた。

あの夜とは違い、何処か可憐さがあった。

だが、皮肉が込められていることが分かる。

リクオは喉の奥でクックッと笑った。




「まぁ、確かに夜の姿は色っぽくていいけどよぉ・・・」




するといきなりごんべえの顎を手を添えられ、クイッと持ち上げられた。

整った顔立ちと真紅の瞳が顔を覗き込んできた。

ごんべえは思わず胸が高鳴った。



「今の姿も、オレの好みだぜ?」
「っ!!」



ごんべえは一気に熱が顔に集まり、リクオの手を退かせようとした。

だが、その手もあっという間にリクオのもう片方の手によって阻止された。



「リ、リクオ様、おいたが過ぎます!!」
「おいたなんかじゃねぇよ。オレは本気だぜ?」
「なっ!!」




ごんべえは一気に顔が真っ赤になり、それを隠すために恥ずかしそうに顔をそっぽ向けた。

それ仕草が妙に可愛く思えてリクオは仕方なかった。

そしてまた距離を縮めた。



「なぁ、もう一曲歌ってくれねぇか?」
「ダメです。そんな…お耳汚しになるだけです」
「そんなことはねぇ。あんたの声は本当に美しい…」
「で、ですが…」
「昼の姿の時はちっとも声を聞かせてくれなかった」
「…そ、それは…」



その質問にごんべえは顔を曇らせた。

そのことに気づき、リクオはさらに顔を近づけた。





「まぁ、今はそんなこたぁどうでもいい…なぁ、さっきのように歌ってくれぇか?」




リクオはわざとごんべえの耳元に口を寄せ、甘く囁いた。

ごんべえは悲鳴を殺してぎゅっと目を閉じた。




「月夜に憂いながら謳う姿はまさに可憐そのもの…なぁ?頼む…」




リクオその真紅の瞳に魅入られて、ごんべえは何処か夢見心地になった。

熱は顔だけではなく体全身に行き届き、体温が高くなっていくのを感じた。

そして、少し諦めた様子で小さく口を開いた。


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