月と桜と人魚の哀歌

□第九幕
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「変なお方…私の歌など、聞いても楽しくはないのに・・・」


それを答えと受け取り、リクオは口の端をあげて笑った。

そしてさっとごんべえを横抱きにして跳んだ。



「ひゃあっ!?」



ごんべえはいきなりのことに驚き、思わずリクオの首に腕を回した。

リクオはそれが嬉しいのか抱く手に力を込めてさらに密着させるようにした。

その行動にごんべえは戸惑うようにリクオを見上げた。



「い、いきなりどうしたんですか?」
「黙っていりゃ分かるぜ」


リクオはそれだけ言ってまた跳んだ。

すると、一本の大きな木の上にいつの間にか登っていた。

木は幹がしっかりしており一本一本の枝が太く、人が乗っても大丈夫だった。

リクオはごんべえを抱いたままその木に腰掛けた。




「あの、何故このような場所に…?」




ごんべえは不思議そうにリクオを見上げながら聞いた。

リクオは微笑みながらごんべえの髪を撫でた。




「せっかくの満月だ。少しでも月に近づいた方がいいだろ?」




ごんべえはリクオのその優しさに思わず胸が高鳴った。

だが、すぐにそんな自分を戒めるように目を細めた。


好きになってはいけない…
心を許しては、いけない。


そしてリクオの腕の中から抜け出そうとした。

だが力が強くリクオはごんべえを離そうとせず、さらに力を込めた。




「リ、リクオ様、お離しください!」




ごんべえは抵抗するように言った。

だがリクオは一向に離す気配を示さない。



「いいじゃねぇか。このままでも歌えるだろ?」


そう言いわれまた真紅の瞳によってごんべえはその言葉に従うしかなかった。

そして高鳴る心臓の音が聞こえないことを祈りながら、リクオから視線を外して空を見上げた。

先ほどより月が近くにあることを感じて、ごんべえはゆっくりと歌い出した。


先ほど庭で歌った歌の続きだった。


歌声はひどく美しく、切なく、悲しく、哀れな哀歌を紡いだ。



ごんべえはいつの間にかリクオに抱かれていることを忘れ、ただ歌い続けた。


リクオはそんなごんべえを見て、満足そうに笑った。

同時に胸の中に何か溢れるものを感じた。



嗚呼、心が綻ぶとはこういうことなのか…


そう思った。


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