偽りの鳥
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期待が大きければ大きい程、残酷な現実はその何倍にもなって返ってくるものだ。
鐘の音が聞こえていた森に入ったエドワードとアルフォンスは、険しく、想像以上に荒れた獣道をひたすら歩き続けていた。
「…駄目だ。全然聞こえなくなったな」
頼りにしていた鐘の音は既に聞こえなくなり、二人は途方にくれていた。
「ボク達ちゃんと前に進んでるかな?」
「さぁな。どこも似たようなもんだし、目印もねーし…」
「こうなるんだったら何か残してくれば良かったね」
道しるべを残してきた訳でもないのに下手に進路を変えてしまうと、逆に迷って目的地はおろか森の外にすらたどり着けなくなるかもしれない。
もうカンに頼る以外に国に辿り着く手段はない。彼らに残された選択肢は一つしかなかった。
「こういう時は“己の信じた道を進め”だ!」
「ま、待ってよ」
エドワードがさくさくと進むのをアルフォンスは慌てて背を追う。しかし2メートル近い巨体のアルフォンスにとっては、入り組んだ獣道を進むのは困難だ。二人の距離は徐々に開いていき、エドワードの姿は消えていった。
「見失っちゃった…」
ギャア ギャア…!!
(ビクッ!!)
森の動物達が一斉に活動し始め、不覚にも一瞬驚いてしまった。
修業時代はよく一人で森に入ったではないかと、アルフォンスは首をぶんぶん振って気を紛らわせた。
『寂しい時は歌を歌えば良いさ』と昔、ばっちゃんから教えてらった歌で気分を明るくしようとその歌詞を口ずさんでみた。
「え〜と…あるー日ー、森の中ー、クマさんにー出会っ」
グルルルゥゥ〜…
「……えっ?」
生暖かそうな荒い息使いと、低く唸る声がアルフォンスの耳元で響いた。一気に寒気を感じたアルフォンスはおそるおそる振り返ってみた。
その視線の先には、愛らしいクリクリした二つのお目目がアルフォンスを捕えていた。
“それは”全身がもモフモフな毛むくじゃらで、ムクッと立ち上がるとアルフォンスが見上げる程の大きさだった。
見下げて、鈍く光る白い歯の間からピンク色の舌を出し、固そうな肉球をペロッと舐めた。その先には、異様に長い爪が見えた。
その姿はまさしく…
「Σクマ───っ!!」
「アルー、アルー!…たくっ、どこ行った?」
一方のエドワードは、ついてくる気配のない弟を探して、一旦足を止めキョロキョロと辺りを見回していた。
「…まさか、またネコを拾ってんじゃ」
いや、それはないない。ここは都会じゃないんだ。ネコなんているはずが無い。
ガシャガシャ…!
「ん?」
突然、一方から聞き覚えのある騒がしい音が聞こえてきた。案の定、その一点を凝視すると、森の奥から見慣れた鎧が走ってくるのが確認できた。
「おい!おせーぞ何してたんだよ…ア…ル…」
アルフォンスは躊躇無く木の枝を折りまくり、物凄い形相で、こちらに向かって来ていた。
しかも後ろにはドシドシと音を立てて何かが付いてきている。
「Σクマ───っ!?」
エドワードは図らずとも弟と同じ事を叫ぶと、我先にと一目散に逃げ出した。
「何で朝からクマが出てくんだよ!」
「…花咲っくもーりーのーみーちー!クマさんにー出会ったー…!!」
「Σバカヤロー!こんな時にそれ歌うんじゃねぇっ!!」
ゼェゼェと訳の分からない道を走り続けた彼らの前に、ようやく一条の光が差した。
「出口だっ!」
「大変!このままじゃクマも森に出ちゃう!!」
「オレに任せろ!」
エドワードはくるりと振り返り両手を合わせて地面に触れた。
「もうそこまで来てるよっ!」
「大丈夫だっ!」
彼の言葉と同時に稲妻のような光が手から発し、地面からいくつもの壁が出来た。壁の向こう側でクマがそれに激突したらしく、ドシンという大きな音がした後は、何かが動く気配は感じられなくなった。
間一髪で危機を免れた二人は、しばらくは放心状態で口も利けず、荒い呼吸を繰り返した。
「朝から踏んだり蹴ったり…。ぜってー今日は厄日だ」
「兄さん…これ……」
「ああっ!?また何かあんのかっ!!」
もう沢山だ!と声を荒げてアルフォンスが指し示した方を見た。すると、先程抜けてきた険しい森とは正反対に、辺り一面色とりどりの花が咲いていた。
風が吹く度にサァと花びらが舞う。それは幻想的な刹那の芸術を生み出す。
…そして、その中を明らかに“人によって作られた物”が自然に守られるかのようにひっそりと建っていた。
「間違いないよ!あれって…」
「アリストール王国っ!」