【閉じた光に語りかける人】
座敷の上座に座っているのは、まだ幼い少女姫だった。
けれども、そのお顔を拝見する事は許されなかった。
『あなたが、片倉 景綱殿?』
耳に馴染む、柔らかく澄んだ声音で名を問われ、片倉は礼儀正しく座して頭を下げたまま、肯定の返答を返した。
その少女は声こそ明るくやさしげだが、どこか寂しげな雰囲気があった。
薄生地の着物を頭から纏って東洋のチャドルの様に目深に表情を隠したままであった。
そこから覗く口元が微笑を湛えて、それは片倉に向けられる。
『…お父様から、わたしの話を聞いていますか?』
「はっ。御病気の事も全てこの景綱が御父上様から任されました」
『そう。なら、これからよろしくお願いします。…あなたとは、末長い付き合いになりそうです』
そんな気がします、と彼女は笑った。
そこで初めて片倉は頭を上げて少女を真正面からはっきり見つめた。
てっきり初対面の他人は突っぱねるものかと思っていたが、
少女は“長い付き合いになりそうだ”などと言って、笑ってみせた。
それに父、輝宗の徒小姓だった片倉を“片倉殿”と呼び、親しみさえ込めて丁寧に接している彼女に、
彼は直感的に全てを悟った様な気がした。これは運命だ、と。
「…自分も、貴女様が生涯の主になる様な気が致します」
『それは嬉しい。とても長い付き合いになりそうですね、片倉殿』
「…その“片倉殿”と言うのはお止め下さいませ。自分は貴方様の家臣に過ぎない身分です」
『けれど年上のお兄さんなのに…。なら、暫くは“片倉”とお呼びします』
「…承知しました」
ふわふわと、浮世離れした珍しい人だと片倉は思った。
年齢と中身が噛みあっていない様な、不思議な少女だ。
けれどもそれが少女の魅力だった。
健気で気丈で、前向きな部分と同時に、悲しみを吐き出す事をしないから脆くなる時が何れ来る。
この方を支えたい。この人を支える事こそ、自らの存在の真の意味になるのではないのか。
彼は数分のやりとりの中で 自然とそう考えるまでになっていた。
「貴女様がその細腕にしょい込むものは、この景綱が半分引き受けましょう。荷物は二人の方が多く持てますから」
そう言うと少女は驚きのあまり、きょとんとしていた。
それは初対面の人の口からそんな文句が出てきたら そうなるだろう。
けれども片倉にしてみれば当然の事を言ったまでだ。
この人はどんなものも背負い込んで、背負ったまま歩いて行こうとする様な人になるだろうから。
今から言い聞かせておかなければ。
『ありがとう…やっぱりあなたはとってもいい人です。まるで、そう…閉じた光に語りかける様な人』
少女は一欠けらの光の雫を左の頬に伝わせて、唇で表せる限り目一杯に笑った。
(まだ、素顔を見せる勇気が無くて)
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