long novel
□君を呼ぶ声 最終話
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「−−−リオッテはあの内乱当時住んでいた村をイシュヴァール人のテロによって襲われた事があったそうです。その時に、”狩られる”側ではなく”狩る”側に立とうと決意したのだと話しています」
「それがエスカレートして、誰彼構わず襲う通り魔になった、か」
「はい。……当初はただ生きる為に身につけた技術だったのでしょうが………狂気に囚われてしまったんでしょうね…」
”生きたい”と思うのは、生あるものの本能だ。
あの戦場でなぜ戦うのかを問うた私にヒューズが『”死にたくねぇ”それだけだ』と言ったのと、同じ事だ。
生きる為に、より多くの命を奪う行為は、人の心を簡単に狂わせていく。
それを私はよく知っている。
狂った心は、やがて”殺す”行為に快楽を見出だす。
「始まりは、ただ生きたいと思っただけ。……私も、ああなっていたのかもしれないな」
「貴方は堕ちませんよ。私がさせません。その為に私はここにいるのですから」
彼女の言葉に微笑みを浮かべた。
「ああ……そうだな」
君がいたから、私は狂気に囚われずにすんだ。
今も、囚われずにいられる。
今はまだ最狂の錬金術なのだとしても。
いつか最強の錬金術にしよう。
君から受けとったものは、誰かを傷つける為のものではなく。
誰かを護る為のものだと、胸を張って言えるように。
だから。
その曇りのない瞳で見ていて。
君がここにいてくれるなら。
私は狂気に囚われはしないから。
窓の外に目を向けると、すでに雨は止み、陽が射していた。
降り注ぐ光の中で、窓の向かいに植えられた木の枝に小さな鳥がとまっている。
羽を嘴で啄んでいたその鳥は、私の視線に気づいたのか、こちらを向いて首を傾げた。
『わたしは、護られるだけの』
「−−−何か温まる飲み物でも淹れて来ますね」
リザの声にはっと振り返ると、彼女は私に背を向けてドアに手をかけたところだった。
「中尉」
「はい、大佐」
呼びかけると、いつものように一呼吸さえ挟まずリザが振り返る。
首を傾げた彼女の金糸がさらりと揺れた。
胸の奥が熱くなる。
「……おかえり、中尉」
囁くような小さな声に。
彼女が微笑んだ。
その顔に。
もう一人の微笑みが重なる。
「すぐに戻ります」
そう言って部屋を出ていく彼女を見送って、私は再び窓の外に目を向けた。
まだあの小鳥はさっきと同じ細い枝の上にいる。
記憶の戻った彼女は、私の告白を覚えていない。
あの時”リザ”が言った最後の言葉は、私には届かなかった。
それでいいのかもしれない。
今はまだ。
このままで。
でも。
君は、否定するかもしれないけれど。
私は確かに。
君を愛おしいと思っていたよ。
『名もない小さな鳥にしかなれない』
彼女の言葉を思い出す。
でも、そんな事はない。
私は覚えている。
忘れる事はないだろう。
短い間だったけれど。
彼女と過ごした時間を。
彼女の事を。
忘れたりはしない。
窓の外の小鳥が小さく鳴いて、広い空に飛び立った。
その姿を追って見上げた空の蒼さに。
一粒の涙が零れ落ちる。
『−−−ロイさん』
彼女の声を聞いたような気がして、私は瞳を閉じた。
〜Fin〜