long novel

□君を呼ぶ声 最終話
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「ちっ!」

リザが投げつけた銃を左手で弾いたリオッテが舌打ちをして再び銃口を向けてくる。


だが遅い!


リザの手がジャケットに差し込まれる。
リオッテの狙いが定まる前に私は彼女を抱え、横に跳んだ。


二発の銃声が雨の駐車場に響く。


私の頭上を通過した弾丸が停めてあった車のフロントガラスを砕いた。


バシャンッ


水しぶきを上げてアスファルトに倒れ込む私たちの背後で低い呻き声。


もう一発の銃声が降りしきる雨に吸い込まれるように響いた。
リザの手に握られた銃から硝煙が立ち上っている。
私の脇に吊してあった銃だ。
起き上がったリザはその銃を構えたまま、手を押さえうずくまる男へと近づいていった。


「構えた時、右肩を下げる癖は直した方がいいわね。……もっとも、骨を砕いたからもう銃を握る事は出来ないと思うけれど」

「くっ……どうしてっ」

「言ったはずよ。私は私を守る為の牙を持たないだけだと。でも………あの人を傷つける者には容赦はしない。あの人の為なら私は鬼にも蛇にもなる」


気高い鷹は。
その鋭い瞳に強い光を燈して。
ただ私の為に。
私の為だけに、闘う。


「私の持つ最強の武器は焔じゃない。”鷹の眼”こそが最強の武器なのだよ。お前は彼女を見くびった。それが敗因だ。これで、ゲームオーバーだな」

私とリザを見上げ顔を歪めたリオッテがうなだれる。
銃声を聞き付けた門衛が駆け寄ってくるのが、雨で霞む視界に映る。



あの夜と同じ激しい雨の中で、こうして一連の通り魔事件は幕を閉じた。


違っていたのは。
私の傍らには、彼女が居るという事。
その気高く美しい琥珀の瞳に私を映してくれているという事。


「お怪我はありませんか、大佐」


彼女の声が。
私を呼んでくれる。


”大佐”と。


それがどうしようもなく、嬉しかった。


















連行されていくリオッテを見送って、転がっていた彼女の銃を拾いあげた。

「しかし、よくこれに弾が籠められてないとわかったな」

”リザ”が引き鉄を引いた時、銃声はしなかった。
おそらく、予め抜いていたのだろう。
だが、記憶を失っていた間の事を覚えていないらしい彼女にそれがわかるはずもない。
そう考えての疑問だったが、リザは私から銃を受け取ると、まるでなんでもない事のように答えた。

「重さが違いますから」

「重さ…は……ははは。君らしいな」

「それより大佐こそ、よく私の意図に気づいてくれましたね」

「脇腹を撫でた時、私が銃を携帯しているか確認しただろう?」

ジャケットを開いて脇に吊したホルスターを見せると、彼女は驚いたように瞳を見開いた。

「あれだけでわかったのですか」

「何年も君を見てきたからね。これを使うつもりだというのはすぐにわかったよ。必要なくても携帯しておいてよかった。君にいつも言われていたおかげだな」

リザから受けとった銃をしまいながら笑うと、彼女は困ったように笑って、すぐに顔をしかめた。

「ちゃんと携帯していて下さったのはいいですが、あまり手入れをしてませんね?照準が甘かったですよ」

「うっ……」

「軍人なんですから銃の手入れくらいちゃんとして下さい。いざという時に使い物にならなかったら困るでしょう!?聞いてるんですか、大佐!」

「別に銃がなくても困らん。私にはこれがある」

お説教モードのスイッチを入れたリザにポケットから取り出した発火布を見せるが、ますます呆れた顔をされる。

「そんなに濡れていたら役に立たないでしょう」

「雨の日は、君がいる」

「−−−っ」

「だから問題ない」

「いつも私が傍にいるとは限らないですよ」

「いるよ、君はどんな時も私の傍に。……私が離したりしない」




私が求めるのは。
同じ未来を見据え、共に歩んでいける、今ここにいる君だけなのだと気づいたから。




「………いつまでも雨に打たれていたら風邪をひきますよっ」

真っ赤になったリザが私の横をすり抜けて司令部の建物に向かって足早に歩きだす。
苦笑をもらしながらそれに続いて歩きだした。




あれだけ激しかった雨足は、いつの間にか弱まり、遠くの空には雲の切れ間から光が射していた。
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