long novel
□君を呼ぶ声 第十話
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リザside
◇◇◇◇
「………好き、だよ」
震えた声で、ロイさんがそう答えた。
でも。
貴方は知らない。
その微笑みが。
いつもわたしに向けられる微笑みが。
いつだって悲しそうだということを。
わたしに。
”わたし”が好きだと言ってくれた貴方の声が。
まるで泣いているようだった事に、貴方は気づいていない。
いいえ。
気づかないフリをしている。
でも、そんな事に意味はあるの?
目を逸らしても、胸の内にある想いが消えるわけではないのに。
わたしを”愛してる”と言う度に傷つく貴方を見続ける事は出来ない。
貴方に護られて。
貴方を傷つけるだけなんて、わたしには出来ないよ。
だから。
わたしは貴方の心を暴く。
貴方が自分で認められないなら。
今のわたしにしてあげられる事なんて、こんな事しかないから。
「貴方が愛してるのは」
激しい雨音に掻き消されそうなわたしの声に、ロイさんは顔を歪めた。
頬を伝う雫はまるで涙のようで。
「……い…」
掠れた声がアスファルトを叩く雨の音に混ざって耳に届く。
その声は。
苦しいと呻いているようで。
愛しいと叫んでいるようで。
わたしは微笑みを浮かべた。
顔を上げた彼が漆黒の瞳にわたしを映して。
伸ばされた腕に抱きしめられる。
彼がさしていた傘が風に煽られて駐車場を転がっていく。
「ち…いっ……中尉………い…」
繰り返し、繰り返し、彼女を呼んで、ロイさんはわたしを抱きしめる。
力強い腕は、それでも微かに震えていて。
呼び続ける声は、彼が求めるのはただ一人だけなのだと悲痛なまでに叫んでいる。
雨に打たれ、重さを増した黒髪から頬に伝う雫はまるで涙のよう。
わたしに縋って、雨を涙の代わりに泣くこの人を。
愛おしいと思った。
それは紛れも無くわたしの感情。
”彼女”のものじゃない。
これは”わたし”のものだから。
小さくなった背中に腕を廻して、彼を抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫ですよ」
声が震えるのを抑えて、囁く。
泣くわけには、いかない。
今、わたしが泣いてしまったら。
きっとこの人はまた、自分を殺してしまうから。
自分を偽ろうとするだろうから。
そんな事、望んでないの。
わたしはただ。
貴方に笑ってもらいたい。
わたしに向ける哀しい微笑みではなく。
貴方の本当の笑顔が見たいの。
だから…………。
さようなら、ロイさん……。