long novel

□君を呼ぶ声 第十話
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外はひどい土砂降りで、一瞬あの夜の事が頭の中を過ぎった。
リザの寝顔を見たせいかもしれない。
あの時抱き上げた、瞳を閉じた彼女の白い顔がちらついて、喉の奥に言いようのない感情がせり上がってくる。
息を詰めて立ち尽くしていると、傍らのリザが私の手を握った。
振り返った私を見上げて、リザが微笑む。

「大丈夫。…大丈夫ですよ」

その、儚げな微笑みに、言い知れぬ不安が沸き上がる。


この微笑みを知っている。
見たことが、ある。
あれは。



あれは、彼女から秘伝を受けとって、師匠の家を離れる時だった。
連絡先を書いたメモを渡した時に、彼女が見せた微笑み。



そして。



秘伝を焼き潰した時。
私の部屋から出ていく彼女が
『もう、同情はいりません』
そう言って見せた微笑みと、同じものだ。




彼女が私から離れる時。
私の前から消える時。
いつも、この微笑みを浮かべていた。
儚く、消え入りそうに。
微笑んでいたんだ。




「リ、ザ……リザ…っ」

繋いだ手を引いて抱きしめる。
強く。
強く、抱きしめた。
そうしていないと。
彼女が消えてしまいそうで。



彼女まで、失いそうで。



恐怖に心が竦んだ。




いやだ。
どこにも行かないでくれ。
君まで失ったら。
私は。
どうやって生きていけばいい?



君まで。
失うわけにいかないんだ。
やっと。
ここから始めようと。
君と、恋をしていこうと。
そう。
思ったのに。





「大丈夫……大丈夫だから…」

抱きしめたリザは、繰り返しそう言って、私の髪を梳いて、背を撫でてくれる。
それでも浮かべる微笑みは変わらず儚げで。
沸き上がった不安は消えない。
アスファルトを叩く雨音はまるで耳鳴りのようで。
たった独りで世界に取り残されたような錯覚さえして。



抱きしめた彼女の温もりに縋った。



「どこにも行かないでくれ…」



囁いた私の懇願に。
リザが答える事はなかった。






「今日は車で行きましょう?こんなに降っていたら、濡れちゃいますから」

ただ、そう言っただけだった。





















『司令官には駐車場も用意されているんですから、雨の日は車を使って下さい。濡れたら、貴方は無能になるんですよ?』



いつだったか、濡れて出勤した私に、彼女がそう言ったのを思い出した。






なぜだかそれが。

















ひどく哀しかった。
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