long novel

□君を呼ぶ声 第九話
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リザside

◇◇◇◇

何が。
起きているのかわからなかった。




「リザ!」

叫ぶようにわたしを呼んだロイさんに腕を掴まれ、引き寄せられる。
そのままロイさんの背後に突き飛ばされて、通りを歩いていた女の人にぶつかった。

「ちょっと!何すんのよ!」

振り返って、わたしを睨んだその女の人のブラウンの瞳が大きく見開かれ、そして−−−。




悲鳴。




その視線を辿るように振り返った先で見た光景に。


すべての音が遠退いた。


ロイさんと対峙した男の人の手には、光を集めて銀色に輝く刃物。
それが、ゆらりとロイさんに向けられる。
男の人が何かを言った。
でも。
何も。
聞こえない。

時が止まったような無音の世界。



その世界で。



ただ。



(−−−大佐っ!)



彼女の叫び声だけが鮮明に響く。
悲鳴にも似たその声に促されるように、恐怖で竦んだ足を一歩踏み出すけれど。

「来るなっ!」

わたしに気づいたロイさんの制止に、動き始めた足がまたその動きを止めた。

ロイさんの気がわたしにそれた一瞬の隙を突いて、男の人の手が閃く。

「−−−くっ…!」

低いロイさんの声。
歪む横顔。
ジャケットを突き破った刃物の先端が。


朱く。




あかく。






濡れている。







「………ぃ…や…」


唇から零れた声は。
まるでわたしのものではないようで。
見開いた瞳から受け取る情報はどれも現実感を伴わない。


するべき事はわかっている。



それなのに。



足が動かない。



震える膝がいう事を聞いてくれない。




わかってる。
わかってるのに。




わたしを背中に庇うように、男の人から一歩も引かないロイさんが身体を反転させるように捻った。
ナイフが突き刺さったままのジャケットで男の人の腕を巻き込み、後ろ手に捻りあげるように背後に回り込む。


ジャケットを脱いだロイさんの、白いシャツが。


そのままの体勢で男の人を地面に押し倒したロイさんが顔を上げて何かを言った。

「−−−兵を!」

良く聞こえないの。
貴方の声さえ、もう聞こえない。
わたしの世界で、音をもつのは。



私の悲鳴だけ。









ねえ。
誰か教えて。
あの人を染めていく朱は何の色?
なぜここにいたのがわたしなの?
なぜわたしはここにいるの?
なぜそこにいたのが私ではないの?
なぜ私はそこにいなかったの?





なぜ。




なぜ………なぜ。






願いは叶ったはずなのに。



あの時”彼女”が答える事を拒んだのはなぜ?




私が。




願ったものは。




な に?





















「−−−!−−ザ!」

肩を掴まれ、揺さ振られる。
わたしを呼ぶ低い声に、世界が音を取り戻す。

「大丈夫か!?どこか怪我を…?リザ!」



怪我を負ったのは貴方なのに。
私は何も出来なかったのに。
どうして貴方は。
私の心配ばかりするの。


私が願ったものは。
こんなものではなかったはずなのに。




「……いさっ…大佐……大佐っ」

「…っ……大丈夫、大丈夫だよ、中尉……大丈夫だから…中尉……泣かないでくれ…」



繰り返し「大丈夫」だと囁く彼の低い声。
何度も髪を撫でる大きくて優しい手。
失っていたかもしれない大切なもの。







ねえ。




貴女は。







私は。



















いったい何を願っていたの?
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