long novel
□君を呼ぶ声 第九話
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頬に触れた冷たさに閉じていた瞳を開くと、色を失ったリザが私の頬にそっと手をそえていた。
「…イさん……血が………めんなさっ…」
途切れ途切れに、彼女が紡ぐ謝罪の言葉に苦笑が漏れる。
リザを庇って殴られた時に、あの女の長く伸びた爪で切れたのだろう、薄く滲んだ血を拭って、また瞳に涙を浮かべた彼女の手をそっと握った。
「君が謝る事じゃない。……謝らなければならないのは、私の方だ。………嫌な思いを、させてしまったね」
力無く首を振るリザを抱きしめて、艶やかな髪に顔を埋める。
「あの日…君が記憶を失った日」
怯えたように震えたリザの身体を抱きしめて、まるで懺悔でもするように私は言葉を紡ぐ。
「彼女に、交際を申し込まれて、断りに行っていた。……途中で、雨が降り出してね。そのままで帰す事が出来なくて、彼女を部屋にあげた。でも………何もしていない。本当だ。何も、ないんだよ」
君は覚えていないだろう。
それとも思い出しただろうか。
どちらだって構わない。
ただ、知っていてほしかった。
それが”彼女”にとって、なんの意味もない事であっても。
私の声は二度と”彼女”には届かないのだとしても。
「…ロイさん……」
「リザ……私は」
言葉を切って、強く唇を噛み締めた。
目の前には、あの頃のままの彼女がいる。
それは私が望んだ事。
そう。
望んだはずだ。
もう一度、あの頃をやりなおせたら。
あの頃の、私が深く傷つける前の彼女に出会えたら。
今度こそ。
君と恋をしたいと。
願いは叶ったはずじゃないか。
何を迷う必要がある?
私は確かにあの少女を愛していたのだから。
だから。
今だって。
「……君が…好きだよ」
心に生まれた戸惑いを隠して微笑む。
これでいいんだ。
きっと、これで。
あの頃言えなかった言葉を君に。
たとえ”彼女”に届かなくても。
ここからやり直せるなら。
それで。
よかったはずだ。
だからもう。
どうか気づかせないで。
私の告白に、リザはその大きな琥珀の瞳を見開いて私を見つめた。
私はその瞳を見つめ返して、微笑みを浮かべる。
君の背負っていたものは、私が背負ってあげるから。
君は何もかもを忘れて、隣で笑っていて。
今。
ここから始めよう。
もう一度、二人を始めよう。
あの日言えなかった言葉を君に贈るから。
「リザ……好きだよ」
琥珀の瞳には、私が映っていた。
でも。
そこに、求めた面影を見つける事は出来ない。