long novel

□君を呼ぶ声 第八話
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リザの作ってくれた朝食を食べ、司令部へやってはきたものの、リザの機嫌はまだ悪いままで。
二人の間には、妙な距離が出来ていた。
その距離を縮めようとさりげなく手を握ったら悲鳴まであげられて、泣きたくなった。


いったい私が何をしたというのだろうか。
寝ていたのだから、何かをしたとすれば、それは無意識のうちに行われた事であり、正直に言えばまるで記憶にない。
それとも何か怒らせるような寝言でも言ったのだろうか。

リザに聞くのが一番なのだが、そのリザは話し掛けてもすぐに赤くなって顔を逸らしてしまうから、尋ねようにも出来ずにいた。


リザの怒っている理由が、寝ぼけてした事にしろ、寝言で言った事にしろ、鍵は見ていた夢にありそうではあるが、どんな夢だったのかが思い出せない。
なかなか幸せな夢だったとは思うのだが……。


更衣室の前でリザを待ちながら小さく唸っていると、カチャリと扉が開き、カタリナ少尉とリザが出てきた。
相変わらずリザは私と目を合わせようとはしてくれない。
代わりに、とでもいうようにカタリナ少尉がにこにこと、やけに愛想のいい笑みを浮かべて「おはようございます、大佐」と声をかけてくる。
それに同じだけ愛想のいい笑顔を返すが、ふと少尉の私に向けられる目が気になった。

どこか憐れむような目を向けられている気がする。

リザの機嫌が悪い理由を知っているのかと尋ねようとしたが

「それじゃまたね、リザ!」

と右手をあげて、さっさと背中を向けられては呼び止める事も出来ない。

リザと共にその背中を見送って、やがて廊下の角を曲がって見えなくなると、彼女に向き直った。

「…さて、我々も行こうか」

「………はい」

硬質な声で返ってきた短い返事に、つきかけたため息を飲み込んで歩きだす。
リザはその半歩後ろに付き従ってきた。


身体に馴染んでいたはずのその距離は。
けれどここ数日並んで歩く事が多かったせいか、違和感がある。
どうにも据わりの悪い気持ちになって、足を止めると、リザもほぼ同時に立ち止まった。

「……なあ、リザ」

出来る限り優しく聞こえる声で彼女を呼んで振り返るが。

「なっ…なんですかっ」

リザはなぜか、まるで何かを抱いてでもいるように胸の前で腕を交差させて飛び上がった。

「………」

暫し無言で見つめ合う。
リザの顔が見る見るうちに、今朝見たあの尋常ではない赤さに染まっていく。



本当に、今朝は何をしたというのだろう。
私を殺そうとする(実際窒息しかけたのだから、殺そうとしていたはずだ)程の、なにがあったのか。




……背中の秘伝の事を思い出したのか?
私が彼女にした裏切りも思い出したのなら、私を殺そうとしたとしてもおかしくはない。
だが、それならなぜ今もこうして傍にいるのだろうか。
今朝だって、不機嫌ではあったが朝食はちゃんと用意してくれていた。
それに。
もしも彼女が私の死を望むなら。
私は抵抗などしない。
彼女には私を裁く権利がある。
それは彼女を副官に推薦すると告げた時に、彼女にも言った事だ。
あんな風に寝込みを襲う必要などない。



やはり秘伝の事を思い出したわけではないのか。
だとしたら、リザのこの態度の原因はどこにある?



どれ程彼女の顔を見つめても、その答えはわからなかった。
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