long novel
□君を呼ぶ声 第七話
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寝覚めの悪い夢をみた一日は、やけに長く感じられる。
積み上げられた書類の山。
くだらない軍議。
進捗の見られない捜査。
それらにサインを認め、愛想笑いを振り撒き、有効だと思える指示を出してようやく一日が終わろうとしている。
部下達はよくやってくれている。
上司も何かと気にかけてくれている。
それでも募る焦燥は己の不甲斐なさになのか。
答えは必ずある。
この手の中に必ずあるはずだ。
それを見つけられない私は、彼女に言わせればただの無能な男なのだろう。
『今日は雨ではありませんよ』
そう言って、私を有能な男へと駆り立てる彼女はここにはいない。
私はどれだけ彼女に依存してきたのだろう。
私には過ぎた副官。
彼女が支えてくれなければ、前へ進む為の一歩さえ重く感じる。
今さら彼女の存在の大きさに気づくなんて。
振り返らずに進んで来た道。
でもそれは。
そこに彼女が居てくれたからなのだ。
彼女が背中を護っていてくれたからこそ。
私は後ろを気にする事なく、ただ前を見て進んでこれたのだと。
今さらになって、思い知る。
君の為に出来ること。
普通の女の子として、ありふれた日常を、幸せを与えてやること。
朱く染めた手に、夜ごと繰り返される悪夢に、怯える事のないように。
ただそれだけを願うのに、私はそんな簡単なものも彼女に与えてやれないのか。
彼女が私に与えてくれた力の。
私が彼女から奪った多くの物の。
何分の一でしかないのに。
私はなんと無力で無能な男なのだろう。
愛した女一人、幸せに出来ない。
暗くなりはじめた空を見上げて自嘲の笑みを零した時、小さな足音が私のすぐ後ろで止まった。
ゆっくりと振り返ると、肩を上下させて呼吸を整える、私が初めて恋をしたかつての彼女と同じ、あどけない表情のリザがいた。
「…走って来たのか?」
「はい。お待たせしちゃ悪いと思って」
「気にしなくてよかったのに」
はにかむ彼女の頭を撫でて、手に触れる。
そっと握ると、絡めた指に力が込められ、握り返された。
夢の中で会った彼女によく似た女の子は、夢の中の彼女のように少女の面影を残して微笑む。
幸せにしてやりたい。
出来るなら、他の誰かの手ではなく、私の手で。
そう思う事に、偽りはない。
だから、どうか責めないでくれ。
夢の中で声にならなかった言葉たちよ。
目を逸らす事でしか歩き出せないのなら。
胸の中で渦巻く焔となったこの想いに焼べてしまおう。
いつか私を内側から焼き尽くしてくれれば。
それでいい。
しっかりと繋いだ手を引いて歩きだした私にリザが並ぶ。
半歩後ろではなくて、隣を歩くリザ。
それにもいつか慣れるのだろう。
私の日常から、彼女が消えていく。
それを”哀しい”と思うのは、間違っている。
そう。
間違っているはずだ。
「……それ、どうしたんだ?」
小さな、けれど確かに感じる違和感から目を逸らして彼女の抱える袋を見遣る。
違和感を見つめ続けていたら、きっといつか肥大して、見ないフリも出来なくなるだろうから。
「あ…レベッカに貰ったんです」
「カタリナ少尉に?何を?」
「………まだ、ないしょ、です」
きゅっと眉を寄せて顔を逸らしたリザは、とても可愛くて。
愛してる。
そう思った。
たぶん、それも。
偽りのない気持ちだから。
だからどうか、もう責めないでくれ。