long novel
□君を呼ぶ声 第六話
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リザside
◇◇◇◇
「大佐」
そう呼びかけた声は、まるで自分のものではないようだった。
”わたし”の意思ではなく。
”私”の意思によるもの。
真っすぐに見つめた彼の漆黒の瞳が大きく見開かれる。
「……ちゅう…い……?」
震えた低い声が”私”を呼んでいる。
その瞳に。
その声に。
宿る彼の心を見つける。
たった一言。
ほんの一瞬。
それなのに、なんて雄弁に語るのだろう。
けれど。
彼女は、その彼の心を映す瞳から目を逸らして、また闇の中へと沈んでいってしまう。
ねえ。
どうしてなの?
問い掛けに”彼女”は答えない。
ただ闇が震えていた。
なにかの痛みを隠すように……。
「………ロイさん」
ゆっくりと伸ばされた腕に、彼女の代わりに応えると、わたしを見つめていた瞳が揺れた。
−−−−違う。
この人が見ていたのは。
見ているのは。
”わたし”じゃない。
そんなの、当たり前だ。
わたしは彼女の偽物なんだから。
でも。
それなら。
わたしの、この想いも偽物になるの?
震え出しそうな身体を、強く手を握る事で堪えて、悲しそうなロイさんの瞳を見つめ返す。
漆黒の瞳にはわたしが映っているのに。
彼の心に映るのは”わたし”ではない。
「………ごめんなさい」
呟くような小さな声に、ロイさんはどこか泣き出しそうな顔のまま首を傾げた。
「……もうすぐ准将さんが来ちゃいますね。時間をとっちゃって、ごめんなさい」
そう言って視線を足元へ落とすと、少しの間の後、ロイさんが小さく息を飲んだ。
「…………あっ!まずい!急ぐぞ、リザ!」
身を翻し、走り出そうとしたロイさんは、ふと足を止めて振り返った。
「ほら」
右手が差し出される。
そっと触れると、すぐに強く握られた。
「行くぞ」
ロイさんに腕を引かれて、廊下を走り抜ける。
すれ違う人が何事かと振り返るけど、スピードは落ちないまま、彼の瞳がわたしを捕らえた。
そこにはもう、さっきまでの悲しい色はない。
悪戯を楽しむ子供の瞳のような輝きがあるだけ。
「さっき彼らを叱ったばかりだけど、これは緊急事態だからね?」
微笑みを向けてくれたロイさんに笑顔を返して頷くと、繋いだ手がぎゅっと強く握られる。
前へ向き直ったロイさんの背中にもう一度小さな、小さな声で囁く。
「……ごめんなさい」
わたしの囁きはロイさんには届かない。
ごめんなさい。
彼女を連れ戻せなくて。
………………ごめんなさい。
今、貴方の傍にいるのが、わたしで。
ごめんなさい………。