long novel
□君を呼ぶ声 第六話
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「そろそろ時間か…私は司令官室でベンダー准将の相手をしてくる。中尉、一緒に来てくれ。お茶の用意を頼む」
終わらせた書類を整えて席を立つと、すかさずファルマンがその書類を確認しに来る。
「不備があったら机の上に置いておいてくれ。戻ったら処理する」
「はい」
リザを連れて執務室までの長い廊下を進んでいると、背後からバタバタと複数の足音が追いかけてきた。
「教官!待って下さい、教官!」
それが、誰を呼び止める為のものかに気づいて、慌てて振り返った。
若い男が三人、こちらに向かって走ってきている。
おそらくは、彼女が数回教えた新兵だろう。
だが、リザの仕事を”秘書のようなものだった”と説明している手前、彼女にそれを話されるわけにはいかない。
庇うようにリザの前に立った私を見て、三人の新兵は初めて私の存在に気づいたように足を止めた。
「非常時でもないのに廊下を走るな!」
一喝すると、身体を震わせて畏縮した三人に一歩、歩み寄る。
ハボック辺りが聞いていたら「あんたはいつも仕事をサボって中尉から隠れる為に走ってるでしょ」と言われそうだ。
「すっ…すみません!俺たち……いえ、自分たちは教官が」
「ホークアイ中尉は、今記憶をなくしている。すまないが、君達の事は覚えていない。………何を、教えていたのかもだ」
最後の言葉で、私が暗に「講義の話をするな」と言いたかったのがわかったのか、三人は息を飲んで顔を合わせた。
「すみません……き…ホークアイ中尉が、ご無事だったと聞いて…あの、重体だと伺っていたものですから」
「それでわざわざ会いに来てくれたのか。君達の名前は?」
「申し訳ありません!自分はオイゲン・ジルベールです」
慌てて敬礼をするジルベールに頷いて、記憶の中からその名前を探す。
「君達の元教官から聞いている。君は目がいいそうだね。標的を見つけるのが早い。だが、焦るせいで初弾を外しやすい」
驚いて私を見返すジルベールから、その隣の男に目を向ける。
「じっ自分はハビエル・バレスであります」
「君の事も聞いているよ。狙撃の腕がいいそうだな。だが、集中するあまり周囲への警戒が疎かになりがちだ。腕のいい狙撃手になりたいのなら気をつけなければいかんな」
「は…はいっ」
再び敬礼をするバレスに頷き返して、最後の一人、栗色の髪を短く刈り上げた男へと目を向ける。
「ノルベルト・リオッテであります!」
「君は銃火器全般に精通しているそうだね。腕も悪くない。ただ、銃を構える時右肩を僅かに下げる癖があるようだ。気をつけたまえ」
「Yes sir!」
リオッテが敬礼をした時、それまで黙って私の後ろに控えていたリザが小さく呟いた。
「あの…腕、怪我をされているんですか?」
「えっ?」
突然声をかけられたリオッテが、戸惑った目をリザに向ける。
「今、少し腕を庇っていたようだったので…」
「あ…」
「こいつ、この間射撃訓練の時に暴発した銃で腕を撃っちゃったらしいんですよ」
「神経に傷はつかなかったらしいですから、ホント悪運は強いですよね!」
「お前ら、みっともない事ばらすなよ!」
心配そうに眉を寄せたリザを気遣ってか、私の前で緊張した面持ちだった三人が、表情を崩して軽口をたたき合う。
「お大事になさって下さいね」
「ありがとうございます。ホークアイ中尉も、早く記憶が戻られる事を祈ってます」
「ありがとうございます。あの、覚えていなくて、ごめんなさい」
「そんな!俺たち、中尉が無事だって聞いて本当に嬉しかったんです。こうして話せただけでもよかったです」
「なっ」と顔を見合わせて頷き合う三人は、本当にリザを心配してくれていたのだろう。
彼女の講義は人気があったと聞いている。
きっとまだまだ他にも、彼女の無事を喜んでいる生徒はいるのだろう。
「お忙しいところ、お引き止めしまして、申し訳ありませんでした!」
敬礼をした三人は、廊下を元来た方へと戻っていく。
肩を抱き合い、或いは肘で小突き合いながら。
その背中をリザと並んで見送る。
「さあ、時間になる。我々もそろそろ」
「大佐」
促して歩きだそうとした私を、凜とした声が呼んだ。
振り返ったリザは。
澄んだ琥珀の瞳で私を見つめていた。
そう。
あの。
”鷹の目”で−−−。