long novel

□君を呼ぶ声 第六話
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なんの収穫もないまま司令部へと戻るのは、ひどく気分が滅入る。
捜査とはいえ、彼女の身辺を探る為に日記を盗み見るなんて。
その上なんの手懸かりも見つけられていない。
シルヴィア・パーシーの話にも目新しい情報はなく、街でもこれと言った噂は聞けなかった。
犯人の足取りは、未だ掴めていない。

何か、あるはずだ。
見落とした、何かが。

その答えはすぐ傍にある。
だが、どれがその答えにたどり着くヒントなのかがわからない。

がしがしと髪を掻きむしって、零しかけたため息を飲み込む。



執務室の扉を開けると、部下たちが一斉に振り返った。

「遅かったっスね。サボったかと思いましたよ」

「そんなわけあるか、ばか」

先に戻っていたハボックの軽口に眉をしかめて着ていたコートを脱ぐと、リザが駆け寄ってくる。

「お帰りなさい、大佐」

「…ただいま……リザ」

なぜか”中尉”と呼ぶ事が躊躇われた。
彼女の部屋で感じた胸のざわめきがまた広がりそうで、慌てて顔を背ける。

見たくない。
気づきたく、ない。



リザはそんな私の様子に気づかなかったのか、受けとったコートを吊すと、お茶の準備を始めた。
その隙に椅子に座った私の元へブレダがやってきて、束ねられた書類を差し出してくる。

「イーストシティの病院は調べ終わりました。全部白です。今範囲を広げて当たらせてます」

「……そうか。引き続き頼む」

パラパラと病院の名前が並ぶ紙をめくっていると、リザの様子を確認したブレダが顔を近づけてさらに声を潜めた。

「そちらは何か収穫ありましたか?中尉の……」

「いや……それらしい男はまだ確認出来ていない」

「……そうですか」

「犯人は潜ったんだと思うか?」

「その可能性はあります。中尉を殺り損ねていますから。ただ……中尉と親しい人間なら」

「…彼女の記憶がない事を知って、様子を見ている、か」

「推測ですが。ただその場合、記憶が戻る前にまた動き出す可能性があります」

「”鷹の目”に真っ向から挑む馬鹿はいないだろうからな。記憶のない今は、ある意味チャンスだ」


そう。
犯人にとって、今はチャンスだ。
今のリザは、己の身さえ守る事が出来ない。
再び狙ってくるのなら、記憶の失くなっている今しかないはずだ。
いつ、仕掛けてくる?


思考の海に沈んだ私を呼び戻したのは、鼻腔をくすぐるコーヒーの香りだった。
いつの間にか机の一点を見つめていた瞳を持ち上げると、そこにはブレダではなくリザが立っている。

「どうぞ、大佐」

笑顔と共に差し出されたカップを受けとって口をつける。


『明日は非番だから珈琲を探してこよう』


不意に先程読んだ日記を思い出して、奥歯を噛み締めた。

「……美味しいよ、中尉…」

声が震えるのをなんとか堪えて、唇に笑みを乗せる。
リザは微笑んで吐息をつくと、胸のポケットから小さな手帳を取り出した。

「本日のこの後の予定ですが…えっと、15時に支部よりベンダー准将がいらっしゃいます。将軍は席を外されるそうなので、相手をするように、との事です」

「そうか。わかった」

「それと、あの……そちらの書類は本日が期限のものですので、目を通しておいて下さい」

リザが指し示したのは、机に積み上げられた書類の山。
それを申し訳なさそうに見て、彼女が俯く。

「ああ、わかった。大丈夫だよ」

ポンポンとその山のてっぺんを叩いて早速一束取り上げペンを持つと、リザは小さく頭を下げて自分の席に戻っていく。



彼女なら。
私の予定を諳んじていただろう。
彼女なら。
もっと高く積み上げられた書類さえ、表情を変えずにやれと言っただろう。



彼女なら。



……彼女、なら。




ついそんな事を考えている自分に気づいて戸惑った。



机に向かって、手帳に何かを書き込んでいるリザを見つめる。


確かに、愛おしいと感じるのに。




「愛してる」




口の中で呟いた言葉は、空々しい響きをもっていた。
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