long novel
□君を呼ぶ声 第四話
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開いた引き出しの中は綺麗に整理されていて。
中でも様々な缶が目を引いた。
取り上げて見ると、それはコーヒーや、紅茶、ハーブティーの葉で。
なんでこんなに引き出しに入っているんだろう?
よっぽど不思議そうな顔をしていたのか、ハボックさんがわたしの手元を覗き込んで「ああ」と声を上げた。
「午後の休憩の時にいつも淹れてくれるお茶っスね」
「ここのお茶は犯罪レベルでまずいですからな」
「前に大佐が、まずいお茶じゃ仕事をする気にならないって駄々をこねた時からですよね、中尉がお茶を用意してくれるようになったの」
駄々をこねる?
あの、ロイさんが?
信じられない思いで見返すが、三人はわたしが驚いている事に気づかないのか、頷き合っては呆れたようなため息を吐き出している。
「知ってっか?このコーヒーもさ、大佐の好みに合うのをわざわざ探してきたんだぜ」
「えっ!そうなんですか?」
「おう。前に一回、非番の中尉と街で会ってさ。いろんな店で飲み比べしてるんだって言ってたよ」
「それで選ばれたのが、このコーヒーですか。紅茶なんかもそうなんですかね?」
「多分そうなんじゃねーの?」
「すごいですね、中尉は。大佐にお仕事をしてもらう為にそこまでするなんて…」
「まあ、そこまでしてもサボるけどな、あの人は」
『……たしかに』
声を揃えて盛大にため息をついた三人は、わたしをどこか憐れむような目で見つめてくる。
なんでだろう。
なんだかいたたまれない。
でもこのままじゃ、ロイさんがまるでお仕事をしない人みたいだわ。
そんなこと、ないのに。
「あっ…あの、でもっ!昨日はロイさん、遅くまでお仕事していたんですよっ」
わたしの言葉に、ハボックさんはがしがしと頭を掻いて、困ったように眉を寄せた。
「あの人、家でも仕事してんスか!?……まったく、どうしてあの人はこう極端なんだろうな」
「…あのままじゃ倒れちゃいますよね、大佐」
「もう少しご自身の身体の事も気遣っていただかないと…」
「でも俺らが言っても聞かないんだよなぁ」
ため息交じりに言われた言葉に驚いた。
だって今まで「仕事をサボる」って、言っていたのに。
本当は三人共、ロイさんがすごくお仕事を頑張っているって、知っていて。
ロイさんの事を心配しているんだって、わかったから。
それがなんだか、嬉しい。
ちゃんとあの人をわかっていてくれる人がいる。
それが、嬉しい。
ふふっと笑みを零すと、ハボックさんがわたしを不思議そうに見返した。
「笑い事じゃないっスよ。そうだ、中尉からも言ってくださいよ。少しは休めって」
「そうですね。中尉が言ったらきっと聞いてくれますね!」
「大佐は中尉の言うことなら聞きますからねぇ」
ハボックさんたちに手を握られて、頭まで下げられて、戸惑ってしまう。
「わたしが言っても、聞いてくれないと思いますよ」
「そんな事ないっスよ!大佐は中尉の言う事には絶対服従なんですから!」
力強く言ったハボックさんに同調するように、ファルマンさんもフュリーさんも頷いているけど…。
「だって……昨日も、一緒に寝ましょうって言ったのに、ロイさんお仕事してたし…大きいベッドだから二人で寝ても全然平気なのに」
『…………え』
「でも………わかりました!今夜、もっとちゃんとお願いしてみますね!一緒に寝て下さいって」
きっとわたしのお願いの仕方が足りなかったんだわ。
ロイさんが無理をして、倒れたりしたらいやだもの。
あんなところで寝ていたら、きっと疲れだってとれないし、風邪をひいちゃうかもしれない。
わたしが居候しているせいで、ロイさんが辛い思いをするなんて。
そんなの、いや。
ぐっと拳を握って顔を上げると。
なぜか三人は引き攣った笑みを浮かべていたけれど。
わたしは三人を安心させる為に、大きく頷いてみせた。