long novel
□君を呼ぶ声 第四話
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リザside
◇◇◇◇
ロイさんが部屋を出て行って、わたしは改めてハボックさんたちに頭を下げた。
「皆さんお忙しいのに、すみません。あの、ご迷惑をかけないように頑張ります」
「何言ってるんですか!迷惑なんて事、ないですよ!」
「そうですよ。我々にそんな気を使わないで下さい」
「そうそう。俺たちみんな喜んでるんスから。ほら、中尉が居ないと野郎ばっかりでむさ苦しいでしょ?」
おどけた口調で言ったハボックさんに、ファルマンさんもフュリーさんも大きく頷く。
「中尉がいるだけで空気が違いますな」
「本当ですね!僕、なんだかやる気が出てきましたもん」
わたしが気を使わないようにと、逆に気を使わせてしまったみたい。
ロイさんもそうだけど、ハボックさんたちもとても優しくて。
彼らといて、一つ思い出せた事がある。
わたしは、彼らと過ごす時間が好きだった。
決して穏やかとは言えない日常だったけれど。
それでも、ここが心の安らげる場所だったのだとわかる。
「それより、それ、どうしたんスか?」
顔を上げると、心配そうに眉を寄せたハボックさんと目が合う。
なんの事かわからなくてちょっと首を傾げると、彼がつい、と指差したのは。
白い包帯の巻かれた、わたしの左手。
「あ……昨日、ちょっと…」
どうしよう。
鏡を割っちゃった理由を聞かれても答えられない。
この”背中”の事は、誰にも言えないのだから。
それに、なぜあんな事をしたのか、自分でもわからなかった。
背中に彫られた刺青が怖かったわけじゃない。
ケロイド状の焼け爛れた肌が怖かったわけでもない。
怖かったのは、もっと別のもの。
でもそれは、幾重にも鍵がかけられ、わたしには覗く事が出来ない。
俯いて黙り込んだわたしに、ハボックさんは何を察したのか、小さく息を呑んだ。
「まさか…あの人、本当に中尉を襲って!?」
「そんなっ!いくら大佐でも中尉を襲うなんて…」
「……わかりませんよ。何しろ”イーストシティの種馬”の異名もある大佐ですから」
「げっ!マジでそんな呼ばれ方してんのかよ、あの人!」
「なんかちょっと恥ずかしい…いえ、なんでもないです」
襲う?
種馬??
なんの話だろう?
よくわからないけど。
この怪我がロイさんのせいだっていう誤解は解かなきゃ。
「あの、違います。これは自分で間違えて切っちゃったんです。ロイさん……大佐のせいじゃ、ないです」
なんだかよくわからない話で盛り上がる三人を遮って声をかける。
三人はわたしを振り返ると、今度は揃って残念そうな顔をした。
「……”種馬”の異名が泣きますな」
「あの人には、あの人なりにいろいろふかーい事情があるんだよ」
「事情?」
「少尉は何か知っているんですか?」
「えっ……いや、別に」
「知っているんですね!?」
「隠し事とは水臭いですな」
「ばっばかっ!別に何も知らないって!ほら、それより、中尉に仕事を教えないと、大佐に燃やされるぞ!」
慌てたようにこちらに向き直ったハボックさんはボリボリと頭を掻いて、同意を求めるように首を傾げる。
よくわからないままだったけれど、わたしはそれに頷き返して、何かメモするものがないか、引き出しを開けた。