long novel

□君を呼ぶ声 第四話
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司令官執務室に入り、皮張りの椅子に腰を下ろすと、机の前に立ったブレダが抱えていた紙束を差し出してきた。
それを受け取り、ぱらぱらとめくるのに合わせてブレダが口を開く。

「病院は三分の二が調査完了してます。正規の病院は調べ終わりましたが銃創の治療に来た奴はやっぱりいませんでした。今、モグリの医者を洗ってますが、まだめぼしい成果はありません」

「……そうか」

ブレダから渡された紙はイーストシティの病院がリストアップされたものだ。
その一つひとつに線が引かれ、調査が終わった事が示されている。

唯一銃創の治療に訪れた者がいるのは、軍属の病院のみ。
まあ、これは当然の事だろう。

「郊外の病院も調べますか」

並べられた文字列を追って、眉間にシワを寄せていると、ブレダが問い掛けてきた。

「お前はどう思う?」

「まだすべての病院を当たったわけじゃありやせんが、おそらくそこに載っているのがイーストシティのすべての病院だと思います。万が一、その中に該当する病院がなかった時の事を考えて、リストの作成だけでも先にやっといて損はないと思います」

「そうか……そうだな。少し範囲を広げてくれ」

「わかりました」

リストをブレダに返すと、吐息をついて椅子に背を預ける。
バネの軋んだ音が僅かに響いた。

「シルヴィア嬢の周辺は?」

「特に何事もないようですぜ。憲兵からの報告にも気になる内容はありませんね。見るなら後で持ってきますよ」

「ああ、そうしてくれ」

同じ目撃者でも、シルヴィア・パーシーの方にはなんのアクションも起こしていないとなると。

「犯人の狙いは中尉に絞られたわけか…」

「中尉の知り合いの男……その線でも調査を進めますか?」

「そうだな……。いや、それは私がやろう。彼女のプライベートに関わる内容だからな。あまり知られたくはないだろう」


リザには申し訳ないが、彼女の身辺調査の必要性も出てきてしまった。
こうも足取りが掴めない今、彼女が呟いた「あなたは」という言葉が重要な手がかりとなってくるからだ。
たが、交友関係を他の人間に調べさせるわけにはいかない。
それは、彼女の秘密に近づくという事だ。
ブレダや、他の部下もそうだが、そんなもので彼女との関係に変化があるとは思わないが、それでも秘匿しておくにこした事はない。
どこで情報が漏れ、彼女の身にこれ以上の危険が及ぶのかもわからないのだから。

”力”を欲する者などいくらでもいる。
かつての私がそうだったように。

あの秘伝を解読出来る者はそう多くはなくても、決して無ではないのだから。



「……大丈夫ですか」

突然かけられた声に顔を上げると、ブレダが珍しい程に心配した様子で私を見ていた。
意味を掴みかねてただ黙って見上げていると、もう一度、躊躇いがちに口を開く。

「このところ、あまり休んでないでしょう。みんな心配してますよ」

その言葉に慌てて顔を擦った。

「……そんなに疲れた顔をしているか?」

「いつもと変わらないですよ。…でも、だからこそ心配です。俺らは大佐の手足としてここにいます。だから、もっと使ってくれて」

「ありがとう。……ありがとう、お前たちには感謝してる。これからも、頼むぞ」


疲れのせいなのか、最後まで聞く事が出来ずに、ブレダの言葉を遮ってそれだけを答える。
微かに震えた声から何を感じ取ってくれたのか、ブレダもただ頷いただけだった。


仲間の存在が、ひどく暖かく、そして心強かった。
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