long novel
□君を呼ぶ声 第三話
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リザside
◇◇◇◇
微かに聞こえてくる鳥の囀りと、窓から差し込む朝陽にゆっくりと意識が浮上してくる。
まだ上手く焦点の定まらない目の代わりに、手を伸ばして隣を確かめてみたけど。
やっぱりロイさん、ここで寝なかったんだ…。
白いシーツは、わたしの形にだけ温まっていて、手を伸ばした先はひんやりと冷たい。
昨晩、一緒に寝ましょうと言ったわたしを、ロイさんはとっても恐い顔で見た後「まだ仕事がある」と言って部屋を出て行ってしまった。
すぐに隣の部屋の扉を開ける音がしたから、たぶんそこが仕事部屋なんだろう。
あの後もう一度扉の開く音は聞かなかったし。
お仕事しながら寝ちゃったのかな…。
ベッドから抜け出して、乱れた髪を整えると、音を立てないようにそっと扉を開く。
ここにはわたししかいないんじゃないかって不安になるくらい、廊下も他の部屋も物音一つしない。
つんっと鼻の奥が痛くなるのを唇を噛んで堪えて、隣の部屋の扉を開けて驚いた。
なに、これ…。
ロイさんの仕事部屋(たぶん)は、他の部屋とは全く違っていた。
リビングも、寝室も、必要最低限のものしか置かれていなかったのに。
その部屋には、いたるところに本が積み上げられている。
天井まで届く書架はもちろん、床の上にも。
そして本と同じくらい、何かをメモしたらしい紙が散乱していた。
埃っぽい古い本の匂い。
「…………お父さん…」
小さな呟きが、時を止めたような静かな空間に響いて、息を飲む。
この部屋は”お父さん”を連想させる。
何かにとりつかれたように研究に没頭していたあの背中を探して視線を廻らせると、本に埋もれた黒髪が目に入った。
足音を忍ばせて近づくと、壁に背中を預けて眠るロイさんがいた。
胸の上には、開いたままの古い錬金術書。
読みながら寝ちゃったのかしら。
(……こういうところは、父に似てるわね)
”彼女”が、ぽつりと呟く。
お父さんに、似てるの?
(………いいえ)
肯定の音をした否定を呟いて、わたしの中の彼女が悲しそうに笑う。
躊躇いがちに伸ばした指先か、さらさらの黒髪に触れる直前で、止まって。
やがて、握りしめられた。
それは、わたしの意思だったのか、私の意思だったのか。
触れたいのに、触れられない。
どうしてかなんて、わからない。
もう一度、始まりから。
やり直せたら。
貴方はわたしを。
私を。
わたしを−−………。
くらりと目眩がした。
厚いカーテンの隙間から、射し込む朝陽に目が眩んだのかもしれない。
そっと吐息をついて、立ち上がると、くらりとまた、目眩がした。