long novel
□君を呼ぶ声 第三話
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追加購入は必要ないと言うリザと無事だった惣菜で夕食を済ませ、コーヒーを煎れてリビングに入ると、ソファーに座ったリザは頻りに室内を見回していた。
「どうした?」
「あ…すみません。あんまり物がないんだなって思って…」
「ああ、そうだなぁ…」
殆ど寝に帰って来るだけだったせいで気づかなかったが、確かに殺風景な部屋かもしれない。
反対に書斎は本の山で錬金術で強化していなければ、床が抜けてしまっていそうだが。
「あの、ロイさんはご飯はいつも外で買うんですか?」
「ああ、そうだね。あまり料理は得意ではなくてね」
私の答えに、リザはきゅっと唇を噛んで緊張した顔を向けてくると、躊躇いがちに口を開いた。
「そっ……それなら、わたしが、作っても、いいですか?」
「…………え?」
突然の申し出に驚いて固まっていると、リザが視線を逸らすように俯く。
「あ……迷惑じゃなかったら…その、お医者様も日常生活を送った方が、記憶も早く戻るだろうって…だから、あの…」
「………ああ…そう、だったね。それじゃ、お願いしようか」
「本当ですか!?」
ぱっと顔を上げたリザが、嬉しそうに微笑む。
「ただし、その怪我が治ってからだよ」
「はいっ!こんな怪我、すぐ治っちゃいます」
「君は、料理が得意だったからなぁ。やっぱり買ってきたものじゃ口に合わなかったみたいだね」
柔らかな金の髪を撫でて苦笑すると、なぜかリザは不満そうに頬を膨らませた。
「そんな事ないです。……そんなんじゃなくて…ロイさんって、意外と鈍感なんですね」
「……君に鈍感と言われるのは心外だな」
彼女には聞こえないように呟いて、膨らんだ頬をつつくと、リザは
「また子供扱いして!」
と怒ってしまった。
「ははは。悪かった。君の手料理、楽しみにしているから、ほら。怒らないで」
金糸を指で梳いて、顔を覗き込むと、リザは擽ったそうに首を竦めて、一つ頷いて笑ってくれた。
それから散々私の好物を聞き出したリザは、小さく欠伸をして、目を擦った。
時計を確認すると、もう深夜に近い時間になっていて、すでに数時間も話し込んでいた事に気づく。
「もうこんな時間か。さ、そろそろ寝ようか」
そう言って、立ち上がりかけた私は、中腰の姿勢のまま動きを止めた。
「はい。………ロイさん?」
不自然な格好で固まった私を、リザが不審そうに見てくる。
まずい。
忘れていた。
「あ〜…えっと……君は、こっちの部屋で寝るといい」
と、リザを寝室に案内して、この家で唯一のベッドを指差す。
滅多に人を招かない我が家には客間というものがないのを、すっかり失念していた。
ヒューズが来た時はソファーで寝かせていたのだ。
リザは頷いて、ダブルサイズのベッドを見てから、首を傾げた。
まずいぞ、これは。
そっと後退して、後ろ手にドアノブを掴む。
静かに開いた扉から滑るように身体を廊下に出そうとしたところで、リザが鳶色の瞳をベッドから、私へと移動させてきた。
「ロイさんは、どこで寝るんですか?」
「……あ〜私は、だな。別の部屋で寝るから」
「わたしがそっちで寝ます。だって、ここは、ロイさんの寝室でしょう?」
泳がせた視線を追い掛けるように移動したリザが、私を正面から見据えてくる。
完全に疑いの眼差しで。
どうして君は、こんな時ばかり鋭いんだ…。
ため息をついた私の目の前で、リザは腰に手を当てて私の言葉をじっと待っている。
「いや…ベッドはこれしかないんだ。私はソファーに寝るから君は」
「ダメです!」
案の定私の言葉を最後まで聞かずに遮ったリザ。
どうせ次に言う事は「私がソファーで寝ます!」だろうと予想していた私は、想定外の言葉に頭の中が真っ白になった。
「ロイさんも一緒にベッドで寝ましょう」
「なっ……!?」
硬直した私の腕を掴んで、ベッドまで引っ張ってきたリザは、ベッドカバーを捲るとするりとその中に潜り込んで隣を叩いた。
「大丈夫です。こんなに広ければ二人くらい全然寝れますよ」
「だっ………」
大丈夫じゃない−−−!!!
少女のように純真無垢な笑顔を浮かべて私を見上げるリザを前に。
私はただただ、酸欠に陥ったようにみっともなく口を開け閉めしながら、心の中で絶叫を上げていた−−−。