long novel
□君を呼ぶ声 第三話
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落ち着いたリザをバスルームに置いてリビングに戻った私は、その惨事に思わずため息を零した。
買ってきたばかりの夕食は、半分が床に落ちて悲惨な事になっていたのだ。
片付けようと屈んで、ギクリと動きを止める。
シャツが、赤く染まっていた。
ひび割れていた鏡。
まさか……。
「−−−っ…リザ!」
立ち上がって振り返った時、リザがリビングへ入ってきた。
私を見て俯いたリザの手は、赤く染まっている。
「やっぱり怪我を…!」
「ぁ………大丈夫です。それより、さっきは、あの……ごめんなさ」
「大丈夫じゃない!こっちに来なさい」
謝る彼女を遮って腕を掴むと、リビングのソファーに座らせる。
割れた鏡で切った彼女の傷は、深くはないがそれでも痛々しかった。
「すまない…さっきは、気づかなくて……」
応急処置を済ませて、包帯の巻かれた手を包み込む。
どうして私の手は。
彼女を傷つけるばかりなのだろう。
医術に特化していたなら。
この傷だって、すぐに治してあげられただろうに。
傷つける事しか、知らない。
愚かな、私の両手は。
「明日、ちゃんと病院に行こう。痕が残ったら大変だ」
「大丈夫ですよ」
「だが……」
「本当に、大丈夫ですから」
私の手をきゅっと握ったリザが、私を安心させるように微笑んで、それから俯いた。
「それより、ごめんなさい。鏡を割ってしまって…」
「あれくらい、すぐに直せるよ。謝る事じゃない」
「それに…ロイさんの服、汚しちゃいました」
赤く染まった自分の服を見下ろして、リザの髪を撫でる。
「服なんて、買えばいいだけだ。でも、君の手に代わりはない」
「でも……お借りした服も、血がついちゃって…」
「え……?」
見たところ彼女が着ているパジャマに、血はついていない。
と、下げた視線が、彼女の足に固定されて止まる。
なんで、何もはいていないんだ?
ああ、血がついたからか……。
………………。
って!
なっなななな、生足!?
「すっ……すまなっいっ…いいいいま、替わりの服を」
情けないくらい赤くなりながら立ち上がった私を、リザの視線が追い掛けてくる。
「そんなっ…大丈夫です。大きいから、ほら、ワンピースみたいだし」
そう言ったリザは、立ち上がるとくるりと回ってみせたが。
大きさの問題じゃない!
なんでわからないんだ!?
君、記憶と一緒に警戒心まで忘れたのか!?
男と二人っきりの部屋で。
そんっそんな格好!
太ももをこよなく愛する男にとって、それはヤバいぞ!
男の浪漫なんだぞ!?
ワンピースみたいかもしれないが、ワンピースじゃないんだぞ!?
だいたいなんで身長はたいして変わらないのに、そんなに華奢なんだ!?
おかしいじゃないかっ!
こら!
そんな無邪気に笑うんじゃない!
なんだ、これ。
君、わかっててやってるんじゃないのか!?
いや、私だってもう大人だ。
理性だってそれなりに、ある(はず)
なんだ?
私の理性を試したいのか!?
そんな事をして、もし私が狼だったらどうするんだ!
卒倒しそうな私はこの後、すっかり失念していたもう一つの大問題に直面する。