long novel
□君を呼ぶ声 第二話
4ページ/7ページ
リザSide
◇◇◇◇
「何があっても、君を護るから」
そう言ったロイさんは、わたしを車に乗せると、またハボックさんのところへ戻っていった。
窓から見つめたロイさんは、わたしの知らない”軍人”の顔をしている。
ロイさんだけじゃない。
ハボックさんも。
病室に来てくれた時は、お友達みたいにじゃれあっていたのに、今は二人共とても真剣な顔で何かを話し合っている。
いつも優しいから。
忘れていたわけではなかったけれど。
わたしは、ロイさんが軍人だって、ちゃんとわかっていなかったのかもしれない。
わたしも、あの中にいたのだろうか?
ロイさんは、秘書のような仕事をしていたって、言っていたけれど……。
膝の上に乗せた鞄に手を差し込むと、探すまでもなく、冷たい感触が指先に触れた。
わたしが病院に運ばれた時に持っていたもの。
黒く光る鉄の塊は、使い込まれていて。
握ったグリップは、よく手に馴染んで。
それがわたしの物であることも。
そして、たぶん。
わたしがとても大切にしていたことも、間違いない。
秘書なんかじゃ、ない。
わたしは、きっと…。
見下ろした手が、朱く染まっていく。
でもそれを、もう怖いとは思わない。
ううん。
怖いけど”逃げ出したい”とは、思わない。
この手は、誰かの。
きっとたくさんの、誰かの生命を奪ってきただろう。
その事実から逃げるなんて、赦されない。
”私”が赦さない。
この鉄の塊を手に”私”は何を願ったのだろう。
なんの為に”私”は…。
その答えを探そうとすると、決まって頭が痛んだ。
本当はすぐにでも思い出さなきゃいけないと思うのに。
それを拒絶するみたいに、頭が痛くなる。
ロイさんは、無理に思い出さなくていいって言ってくれたけど。
わたしが思い出せたら、今わたしを殺そうとしている犯人もわかるんでしょう?
自分の命が狙われてる、なんて怖い。
だけど……。
それよりもっと怖いのは。
今のわたしには、力なんてない。
今のわたしじゃ、護れない。
………”誰”を?
ズキン
頭が、痛い。
”それ”を思い出すなって、言ってるの?
でも、どうして?
わからないよ。
わたしにはわからないよ。
だって。
それは、とっても大切なものなのに。
鞄の中で、鉄の塊を握りしめる。
なんの為に。
誰の為に、これを。
ズキンッ…ズキンッ
「−−−−っ」
(私の事は思い出さないで……)
「わ…からない、よっ……どうして…」
どうどうと、脈打つ音が煩い。
頭が、割れそう。
忘れてなんていないのに。
だって。
だって、わたしは。
わたし、は−−−。
窓越しに、涙で滲んだ視界にロイさんが映る。
鋭い瞳で何かを言っているロイさんに、敬礼をしたハボックさんは、くるりと向きを変えてマンションへ走っていく。
その背中を見送ったロイさんは、小さく吐息をついて、わたしを振り返った。
黒い瞳から鋭さが消えて、優しい色を帯びていく。
そして、あの優しくて、哀しく見える微笑みがわたしに向けられる。
それに、わたしも微笑み返した。
忘れてなんて、いない。
忘れられるわけがない。
ばかだよ。
だって、わたしはこんなにも。