long novel

□君を呼ぶ声 第二話
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リザSide

◇◇◇◇


「何があっても、君を護るから」

そう言ったロイさんは、わたしを車に乗せると、またハボックさんのところへ戻っていった。

窓から見つめたロイさんは、わたしの知らない”軍人”の顔をしている。
ロイさんだけじゃない。
ハボックさんも。
病室に来てくれた時は、お友達みたいにじゃれあっていたのに、今は二人共とても真剣な顔で何かを話し合っている。

いつも優しいから。
忘れていたわけではなかったけれど。
わたしは、ロイさんが軍人だって、ちゃんとわかっていなかったのかもしれない。

わたしも、あの中にいたのだろうか?

ロイさんは、秘書のような仕事をしていたって、言っていたけれど……。


膝の上に乗せた鞄に手を差し込むと、探すまでもなく、冷たい感触が指先に触れた。
わたしが病院に運ばれた時に持っていたもの。

黒く光る鉄の塊は、使い込まれていて。
握ったグリップは、よく手に馴染んで。

それがわたしの物であることも。
そして、たぶん。
わたしがとても大切にしていたことも、間違いない。


秘書なんかじゃ、ない。
わたしは、きっと…。


見下ろした手が、朱く染まっていく。
でもそれを、もう怖いとは思わない。
ううん。
怖いけど”逃げ出したい”とは、思わない。


この手は、誰かの。
きっとたくさんの、誰かの生命を奪ってきただろう。

その事実から逃げるなんて、赦されない。
”私”が赦さない。


この鉄の塊を手に”私”は何を願ったのだろう。
なんの為に”私”は…。


その答えを探そうとすると、決まって頭が痛んだ。
本当はすぐにでも思い出さなきゃいけないと思うのに。
それを拒絶するみたいに、頭が痛くなる。
ロイさんは、無理に思い出さなくていいって言ってくれたけど。
わたしが思い出せたら、今わたしを殺そうとしている犯人もわかるんでしょう?

自分の命が狙われてる、なんて怖い。

だけど……。

それよりもっと怖いのは。


今のわたしには、力なんてない。
今のわたしじゃ、護れない。





………”誰”を?





ズキン


頭が、痛い。

”それ”を思い出すなって、言ってるの?
でも、どうして?

わからないよ。
わたしにはわからないよ。

だって。
それは、とっても大切なものなのに。


鞄の中で、鉄の塊を握りしめる。

なんの為に。
誰の為に、これを。



ズキンッ…ズキンッ



「−−−−っ」



(私の事は思い出さないで……)



「わ…からない、よっ……どうして…」

どうどうと、脈打つ音が煩い。

頭が、割れそう。



忘れてなんていないのに。

だって。

だって、わたしは。





わたし、は−−−。




窓越しに、涙で滲んだ視界にロイさんが映る。
鋭い瞳で何かを言っているロイさんに、敬礼をしたハボックさんは、くるりと向きを変えてマンションへ走っていく。
その背中を見送ったロイさんは、小さく吐息をついて、わたしを振り返った。
黒い瞳から鋭さが消えて、優しい色を帯びていく。

そして、あの優しくて、哀しく見える微笑みがわたしに向けられる。

それに、わたしも微笑み返した。



忘れてなんて、いない。
忘れられるわけがない。



ばかだよ。



だって、わたしはこんなにも。
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