long novel
□君を呼ぶ声 第二話
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その数日後、リザは退院する事になった。
記憶を戻すには、日常生活を送っていた方がいいだろうと。
軍直轄の病院内にいた方が、犯人も手を出し難くはあったが、元々外傷はなかったのだ。
いつまでも入院させておく事も出来ず、結局は退院を承諾するしかなかった。
「もうすぐ君の家に着くよ」
退院の手続きを済ませ、憲兵の運転する車中でそう声をかけると、しきりに窓の外を眺めていたリザは、振り返って私に頭を下げてきた。
「送っていただいてすみません。ロイさん、お仕事忙しいのに…」
「気にしなくていい。ご両親が既に他界されているんだ。私が君の保護者代わりになるのは、当然だよ」
「でも…」
人に迷惑をかけまいとする彼女の性格は、記憶をなくしても変わる事はなくて、思わず苦笑が漏れる。
「本当に、君が気にする必要はないんだよ。私が好きでしている事だ。もし迷惑なら、そう言ってくれれば」
「迷惑だなんて!そんな事、ないです!」
「なら、遠慮せずに甘えてくれないか?その方が、私も嬉しいよ」
「あ……はい。…ありがとうございます、ロイさん」
赤くなって俯いたリザは、そう言ってはにかむように微笑んだ。
その髪をくしゃりと撫でると、乱れた髪を整えながら、彼女が頬を膨らませる。
「子供じゃないですよ、わたし」
「ああ、そうか、すまない。君があんまり可愛くてね」
「もっ…もう!ロイさんはいつもそんな事ばっかり言って!わたしの事、子供扱いするんだから!」
と、ますます頬を膨らませてしまったリザに、もう一つ苦笑が零れた。
「それより、しばらく君には窮屈な思いをさせてしまうね。何か不都合があったら、いつでも私に言うんだぞ?」
犯人を捕らえるまで、リザには護衛が常につく事になっている。
私の言葉に、リザは慌てたように首を振った。
「あ…いえ、窮屈なんて。……あの、犯人さんは、まだ見付からないんですよね。私が思い出せたらいいんですけど……すみません…」
「それも、君が気に病む事じゃないよ。すぐに犯人は捕まえるから、君は何も心配しなくていい。……ああ、ほら、着いたよ」
マンションの前に車を待たせて、リザの荷物を持った私は、彼女を先導して階段を上る。
私の後をついて来る彼女は、記憶の手懸かりを探しているのか、ただ単にもの珍しいのか、周囲を見回している。
「私の住むマンションもこの近くだからね。何かあればいつでも訪ねておいで」
「あっはい。ありがとうございます」
「さあ、ここが君の部屋だよ。鍵は鞄の中にあるかい?」
並んだドアの一つの前で立ち止まり、彼女を振り返ると、リザは慌てて鞄の中を探る。
「えっと…あ、ありました。これですよね?」
ちりん、と涼やかな音をさせて、小さな鈴がキーホルダー代わりに付けられた鍵を取り出したリザは、ドアの前に歩み寄った。
がちゃがちゃと、リザが鍵を差し込む。
その音に、何か違和感を感じる。
それを捻ろうとした手を掴んで押し止めた。
「ロイさん…?」
「離れなさい、リザ」
「え…?あの、どうかしたんですか?」
戸惑うリザの腕を引いてドアから離すと、荷物を抱えて階段を駆け降りる。
何か明確な理由があったわけではない。
根拠などないに等しいだろう。
たかが、数回訪れた事があるだけなのだから。
それでも、鍵を差し込んだ時の音に感じた違和感が、私に危険だと知らせている。
そして、こんな時の直感はたいてい当たるのだ。
待たせていた車から呼んだハボックの隊により、リザの部屋に爆薬が仕掛けられていたのが見つかったのは、それから数十分後の事だった。
鍵を回すと、爆発する仕組みになっていたようだと、説明をするハボックを前に、リザの顔が見る見る青ざめていく。
私には、その肩を抱き寄せる事しかできなかった。
「中尉の部屋まで犯人に知られているとなると、このままここに住むってわけにはいかないっスね…。どこか、ホテルを押さえて」
「いや。その必要はない」
「必要はないって…ここにいるわけには…」
「わかっている。彼女は、私の部屋に匿う」
「なっ…!本気っスか!?」
「向こうは部屋まで調べ上げて来たんだぞ。ホテルも安全じゃないだろう。私の部屋なら、私がいつでも傍にいる。何があっても、君を護るから。いいね、リザ」
「……ロイ、さん…」
腕の中で、微かに震えていた彼女は、小さく頷いて、私のコートを掴んだ。
こうして、私とリザの同居生活が始まった。