long novel

□君を呼ぶ声 第二話
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「中尉が?」

見開かれた私の目を見つめて、ハボックはゆっくりと頷いた。

「…”あなたは”か……中尉の知り合い、少なくとも顔を知っている男という事か」

「はい。男の方も、中尉を見て動揺していたようだったと話しています」

顎を摩って考え込む私に、ハボックが躊躇いがちに声をかけてくる。

「大佐…中尉の記憶の方はどうなんスか」

「医師の話では、ショックによる一時的なものらしいが…思い出そうとすると頭が痛むそうだ。………もしかしたら、彼女は思い出したくないのかもしれないな」


過去を思い出すという事は、犯した罪を思い出すという事なのだから。
無意識にでも思い出したくないと思っていても、誰が責められるだろう。

その罪を犯させたのは、私だ。
彼女は、人を殺めた、という以上に、私という最凶の”殺戮兵器”を生み出した事を悔やんでいるに違いないのだから。

両の手を見つめて青ざめた彼女の顔が忘れられない。

私になど関わらなければ、彼女は今頃、こんな血生臭い世界に生きる事はなかったはずだ。
どこにでもいる少女達のように、笑いながら日々を過ごしていたはずなのに。

”何故こんな事になったのでしょう”

世間知らずだった私の夢は、彼女の人生を狂わせた。



彼女が思い出したくないものは。

私との関わりなのかもしれない。



例えそうだったとして。


「中尉の記憶が戻らなくても問題はない。手懸かりなら残してくれているからな」

「……大佐は、戻って欲しくないんですか」


ハボックの言葉に呼吸を止める。
見上げたハボックは、ただ黙って私を見つめていた。


思い出してくれなどと、私に何故言える?

彼女は、この世界の歪みも、血に濡れた私の姿も、何も、何一つ知らなかったあの頃の、人殺しの目になる前の頃のように微笑んでくれるというのに。


あの頃の彼女にもう一度逢いたいと願ったのは私なのに。



「………戻らない方が、中尉にとっては、幸福かもしれない、とは思っている」

ようやく吐き出した答えに、ハボックは小さく首を振った。

「それが、大佐の本心ですか?」

「…どういう意味だ」

「いえ。そう、思いたいだけじゃないかと、思っただけっスよ」

「………本心だ」



そう、これは本心だ。


私は、彼女に幸せになってもらいたい。
血に濡れるのではなく。
夜中に、悪夢にうなされて起きる事のない日々を。
例え私との”絆”を忘れてしまっても。

あの頃の彼女と。
伝えられないまま終わった恋をやり直したいと、願ったのは私だ。



だから、このまま記憶が戻らないなら。

私もヒューズのように。
すべての痛みを独り抱えて。
彼女の前では笑って。
彼女を幸せに。

もしも、出来るなら。
彼女が私を選んでくれるなら。




そう、思うのに。






なぜ、この胸は痛むのだろう。


リザ、私は、君に−−−。
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