long novel
□君を呼ぶ声 第一話
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ばしゃんっ
揺れた金がアスファルトを叩く雨の中に倒れていくのが。
スローモーションのように映る。
停止した思考は、目の前の現実を認めまいとし、ただ事務的に身体を動かす事で、考える事を放棄した。
チッ
擦られたライターが僅かに散らした火花が、左右に迫る建物の軒下を走る。
倒れた金髪の女に銃を向けて近づく人影を威嚇するように、その側の建物の壁が爆発した。
同時に隣で銃を構えたハボックが発砲する、その音がやけに遠くから響いてくる。
私たちの存在に気づいた人影は、こちらに向けて何発か発砲した後、背を向けて走り出した。
「待てっ!」
それをハボックが追い掛けて行く、それさえもまるで、別人の目を通して見ているように、リアルではない。
ざあざあと。
雨音が煩い。
まるで耳鳴りのようだ。
ゆっくりと、近づいていく。
倒れている金髪の女へと。
見下ろしたその女は。
綺麗な人だった。
ようやく肩に届くようになった金の髪は、水を含んで幾分暗い色になっていたが、陽の光りの中にあれば、眩しい程に輝いていて。
きつく閉じられて今は見る事の叶わないその瞳は、宝石のように煌めく深い琥珀。
色の失くなった小さな唇からは、いつだって厳しく私を叱責する言葉を言うんだろう?
厳しくて、なにより優しい言葉を……。
なあ。
どうして今は何も言わないんだ?
『こんな雨の日に出て来るなんて!貴方はご自分が無能になるとわかっているのですか!?』
そう言ってくれないのか?
リザ。
言い訳をさせてくれよ。
部屋にいた女とはなんでもないのだと。
みっともなく君に縋って赦しを請うから。
もしも、君を傷つけたのなら、何度だって謝るよ。
だから。
目を開けて。
私を罵る言葉でいいから。
何か、言ってくれ。
膝をついて、彼女に手を伸ばす。
触れた頬は雨に打たれ、とても冷たい。
その冷たさに指が震えた。
「……中尉…」
彼女の身体を、雨に濡れたアスファルトから膝の上に抱き上げて呼びかける。
寄せた頬に、何か暖かなものが伝っていくが、それもすぐに熱を奪われ雨に溶けてしまう。
「ちゅ…い………ザ……リザ…リザッ」
目を開けてくれ。
約束したじゃないか。
傍にいると。
どこにも行かないと。
地獄まで、共に行こうと。
君は私の傍を離れないと言ってくれたじゃないか!
ぱちん
頬を叩く。
ぱちん
ほら、起きてくれよ。
ぱちん
もう一度私を見て。
ぱちん
「中尉っ」
ぱちん
いつものように、何故返事をしない?
ぱち……
彼女の頬を叩く手を、不意に掴まれる。
緩慢な動きで首を廻らせると、いつの間にか戻っていたハボックが私を見ていた。
ハボックだけではない。
どこから連れて来たのか憲兵も数人、その背後に控えている。
「…何やってるんスか」
「中尉が……起きないんだ…」
「………どいて下さい、大佐。俺が診ますから」
「だめ、だ……中尉は私が…」
「大佐!どいて下さい」
ハボックに突き飛ばされるように押され、彼女を取り上げられた。
再び地面に横たえられた彼女を、私はただ壁際に座って、眺めている事しか出来なかった。
抱いた彼女の冷たさが私から熱を奪ったのか。
身体の震えが止まらない。
感覚の麻痺した身体と同様に、心まで麻痺してしまったようだった。
忙しなく辺りを行き来する憲兵たちと、彼女の前に屈んだハボックの背中が視界に映るが、ただ映るだけで頭の中を通り過ぎていく。
やがて振り返ったハボックが
「中尉は大丈夫ですよ。意識がないだけで呼吸も、脈拍もしっかりしてますから」
そう言った。
「…………そうか」
そう呟いて、瞳を閉じる。
ようやく、世界は現実感を取り戻した。