long novel
□君を呼ぶ声 第一話
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「………部屋に女性がいたんだ」
「……はぁ!?」
「別に何もしていないぞ。ただ…話している最中に雨が降り出してな。この寒い中濡れたまま帰すわけにいかなくて、うちでシャワーを浴びさせて家まで送るつもりだった」
「……それを中尉が見たんスね」
「そのようだ。私がシャワーを浴びている間に彼女が勝手に応対してしまってな……中尉に何か言ったのかもしれん」
「そうやって気のない相手にも優しくするから誤解されるんスよ」
ハボックにため息混じりに言われるまでもなく、私だって失敗したと思っている。
「……中尉は呆れたんだろうな」
私の身を案じて苦言を呈してくれた彼女の言葉を無視して雨の中出歩き、部屋に女性を連れ込んだと。
もしかしたら、嫌われてしまったのかもしれない。
不真面目で不道徳的だと。
だが、ハボックはもう一度ため息をつくと
「…そんなんじゃないと思いますよ」
と言った。
振り返ってその表情を確認するが、特に慰めようとしてくれているわけではないようだった。
「じゃあなんだ、彼女が飛び出て行った理由は?怒ったのか」
「それも違うと思いますけどね、俺は」
ぽつりと言って、立ち止まったハボックは困ったような顔で私を見ている。
「わからんな。他に中尉が出ていく理由などないだろう」
「本当に、そう思いますか?……大佐はわざと、答えに気づかないフリをしてるんじゃないっスか」
「そんな、事は……」
ハボックが言いたい”理由”などわかっている。
だが、それは有り得ない事だ。
彼女が嫉妬したかもしれないなんて。
私の部屋に、女性がいたことに、傷ついたのかもしれないなんて。
それは。
有り得ない事だから。
私はその答えから目を逸らした。
「……中尉はどこに行ったのだろうな。裏道に入られたら捜すのは難しいな」
「……そうっスね。家が近いって言ってましたけど、戻ってないっスかね」
「彼女の家は、反対方向だ」
いかに鍛えられた軍人とはいえ、女の足なのだ。
男二人が全力で走れば、そろそろ追いついてもいいころのはずだ。
「二手に別れて裏道を捜すぞ。見つけたらとりあえず彼女の部屋に送って−−」
その時、雨音の中に女性の悲鳴が微かに響いた。
にわかに身体に緊張が走る。
「今の……まさか中尉!?」
「いや、彼女の声ではなかった。だが…」
「通り魔!」
「ああ。行くぞ、ハボック!」
コートのポケットから発火布を取り出し、はめながら声のした方へ駆け出す。
遅れて走り出したハボックが
「大佐は下がっててくださいよ!この雨じゃ発火布も使えないでしょ」
と言うのを睨んでやった。
「煩い!お前のライターを貸せ」
「ちょっと!壊さないでくださいよ!」
文句を言いながらも差し出されたライターを引ったくるように受けとって、路上を曲がる。
細い道の奥。
雨のせいで悪くなった視界に。
見慣れた金が微かに見えた。
「中尉!」
彼女を呼ぶ私の声は。
ひどくなる一方の雨音と。
その雨音を裂くように響いた銃声によって、掻き消された。