long novel

□孤悲に溺れる夜〜外伝〜
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「赤と黒、どちらが好き?」


突然隣から声がして、思考が中断される。
慌てて見上げると、彼が楽しそうな顔をこちらに向けていた。

しばらくその顔を見つめて。

先程の彼を思い出してしまった。

『俺だけを見ていて』

甘く、耳をくすぐる彼の低い声。
見つめた瞳も髪の色も本当の彼ではなかったけれど。
その声はよく知っているもので。
頬を掠めた彼の唇の感触が蘇ってくる。

私の好きな色など決まっている。
わからないのですか?
今は見えないけれど。

その、深遠なる闇を思わせる−−

「……黒………です」

気づいたらそう言ってしまっていた。
彼は「黒、か」と呟きながらチップを積み上げている。


その意味に気づかなかったのだろうか。

貴方の色でしょうに。

安心が半分。
後の半分は不満。

気づいて欲しかったとでもいうのか。
気づかれて、困る事はわかりきっているのに。


投げ込まれたボールの行方を見守っていたら、彼が小さな声でまるで独り言のように呟いた。


「惚れた男の色か」


職務上、彼の言葉を聞き漏らすまいと常日頃気を配っているからなのか。
それとも、単に私が彼の声が好きだからなのか。
転がるボールのカラカラという音よりも小さい彼の呟きが聞こえてしまった。


気づかれた!?


と思った時には身体はすでに動揺を示してしまっていた。
振り返るとひどく不機嫌そうな彼。
そんなにも、私の想いは迷惑なのですか…?

なんて言い訳をすればいい?
どう言えば彼は信じてくれるの?

不満だなんて思わなければよかった。


任務の為なのだと言い訳のつもりで
「今は蜂蜜色と蒼が好き」
と言ったら今度は哀しそうに瞳を揺らしてしまった。

…どうして?
まるで傷ついたみたいな瞳。
込めた意味に気づかなかったというのか。
どうしたらいい…?
どうしたら、貴方は笑ってくれるの。

もう、どうするべきかわからなくて。
ただ貴方に笑って欲しくて囁く。

「貴方の…”アレン”の色だから」

彼の目元に触れた指を突然掴まれて、見上げた彼の瞳はひどく不安げで。

「本当に?」

紡がれた声は掠れて切なそう。

どうして、そんな瞳で見るの。
まるで縋るみたいに。

私相手にそんな事をしても、意味などないでしょう?


彼の瞳にある哀しみの意味などわからない。


それでも。
安心してほしくて。

「本当よ」


想いを込めて囁いた。
深い、深い、夜の闇に輝く星の瞬きのように、吸い込まれそうな貴方の瞳が好きだから。
その瞳を優しく細めて笑う貴方が好きだから。

だから、笑って。

私はここにいるから。

いつだって、貴方のそばにいるから。


思いが通じたのか、ようやく彼が笑ってくれる。
その時、カランと音を立ててボールは黒に落ちていた。




彼は”赤”が好きだと言った。
それは誰の色なのだろう。
浮かぶのは、いつも彼の側にいる女性たち。
そういえばみんな紅い口紅をしていた。

だからなの?

彼女たちを思ってなの。



赤は……。

私たちの絆の色。
私が。
貴方に罪を犯させた焔の色。





いやよ。




赤は、貴方と私だけの色でいて。



好きじゃなくてもいいから。




他の理由で。



好きだと言わないで。



せめて一つくらい、貴方を独り占め出来るものが欲しい。



それが例え罪と罰だとしても。



なんでも一番が好きだと彼は言った。
貴方らしくて笑ってしまったけれど。


ならば私は。


貴方がこの国の”一番”になるその時まで。




この絆と共に貴方の側にいましょう。



ただ影のように寄り添い。





私は”想い”を殺しつづける。




あの日貴方が語った夢が叶うその日まで。
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