long novel

□孤悲に溺れる夜〜外伝〜
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信じられない…!

部屋に着くなり彼の腕からすり抜けてあの後の事を思い出す。


彼の唇が触れた指先が熱い。
司令部で、南部から来たというあの男がしたのと全く同じ行為なのに、なぜこんなにも違うの。

彼が首に触れただけで、身体が反応してしまう自分が哀しい。

『君と過ごす夜も刺激的だ』

『今夜、それを証明してみせようか?』

よく言いますね。
寝室に私を置き去りにして、さっさと部屋を見てリビングでくつろいでいた人とは思えませんよ。

『君より綺麗な女など見たこともないさ』

『俺が夢中なのは君だけだよ』

あんな事、貴方に言われて平気でいられるわけ、ないじゃないですか。


貴方、知っているでしょう?
私が貴方を好きだということ。
”今”の私ではなくても”過去”の私が貴方を好きだったこと知っているくせに。


ひどいですよ。
嘘だとわかっていても舞い上がってしまう程度には、私だって”女”なんですよ。


それとも、今まで私が見た事がないだけ?



あの時でさえ、私は言ってもらえなかったのに。



「………いつも、あんな事ばかりおっしゃっているのですか?」

気づけば声に出していた。
咎めるような声。
私にはそんな権利はないというのに。
横目で見れば、頷く彼。

「誰彼かまわず言う事ではないと思いますが」

せめて。
私にはもう言わないで。
哀しくなるから。

彼は慌てて『いつもは言わない』なんて否定しているけれど。
信じることなんて出来るわけがない。


ふいに彼が『いつもあんな風に甘えるのか』なんて聞いてきた。

好きになった男の前ですらかわいい女になれなかったというのに。
今もまだ、貴方への想いに囚われているのに。
この人は何を言っているのだ。

「…甘えるような男性などおりませんから。恋人の前でどう振る舞うのかなんてわかりません」

感情を込めずに告げる。
彼が吐息を漏らすのがわかった。
呆れられただろうか。
彼に背を向けているからその吐息の意味はわからない。

「あれは演技か。たいしたものだな」

そう。
演技ですよ。
だって。

「女は生れつき、女優だと言いますから」



どの私が演技なのか。


そんなもの、決まっている。



”リザ”はあの血と硝煙の臭い立ち込める地獄に捨てた。



『同情は……もういりません』



あの日。


その言葉と共に”恋心”を置き去りにしてきたではないか。




この手に銃を取り。
貴方を護ると決めた時から。


本当の私は”軍人”としての私になった。



だから。
これは演技。


貴方に見つめられて、胸が痛むのも。
貴方にもっと触れて欲しいと願うのも。



これ以上、もう暴かないで。
無力な女になど戻りたくはないから。
私は、貴方の背を護る盾でいたいから。




偽りはどこにあるというのか。




その答えから私は目を反らしてリビングへと向かった。
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