long novel

□孤悲に溺れる夜〜外伝〜
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助手席の窓からぼんやりと流れる景色を見る。

窓ガラスに映る私はひどく滑稽な姿なのだろう。
その証拠に司令部をでるまで何人もに見られていた。
じろじろと、無躾な視線で。


それに比べてこの人は…と運転席にいる彼を盗み見る。
なんなのですか、貴方は。
まるで物語から抜け出してきたみたい。
女の子なら誰でも憧れた事のある完璧な王子様。

少しでも彼に似合う女になりたくて頑張ってみたのに。
まるでだめね……。

そっとため息をつく。
視線を落とすと膝の上で揃えた指が目に入った。

『君は少し無防備すぎるぞ』

ズキン、と胸が痛む。


気づかれてしまった…きっと。
彼の”恋人”になれる事に浮かれていたって。
嘘でも。
やっぱり嬉しかったから。
少し怒っていた彼の目を思い出して悲しくなる。
迷惑なんでしょう?。
本当は、私と”恋人”なんて、嫌なんでしょう?


でも。
少しくらい。


綺麗だよって。


言ってほしかった。


貴方の隣にいつもいる女の人たちみたいになれるようにって頑張ったんですよ。

いつも、たくさんの人に言っている言葉すら、私にはかける価値もないのですか。


……当然ね。


また流れる景色に視線を向けて彼から顔を隠す。

込み上げてきた涙に気づかれたくなかったから。

なぜ泣くの。
貴女は彼の”女”になりたいわけじゃないでしょう?


盾でいい。


そばにいられるのだから。
それ以上望んではだめよ。
忘れて。
報われない恋など。
今の私には必要ないから。
何度言い聞かせても。
それでも想いは溢れてしまうけれど。



御祖父様は気づいている。
私の気持ちに。
だからあんな事言ったのだろうけど…。

無駄なのに。

彼が私に女を求める事などありませんよ。

もう、二度と。

だから、やめて。
彼を困らせないで。

あの祖父ならそのうち『うちの孫を未来の大総統婦人に』なんて言い出しかねない。
この人は夢に近づく手段になるなら受けるかもしれないけれど。

きっと、その孫が私だと知ったら、がっかりする。

そんな顔、見たくない。

母が亡くなって、ずっと疎遠だった孫娘に何かしたいと思ってくれる御祖父様の気持ちは嬉しいけれど。

彼の落胆した顔は見たくないの。
だから、どうか。

もう、放っておいて。




ため息を一つ。
涙はこぼれる前に引いてくれた。


「……さっきからため息ばかりだな」

突然の声に窓の外から彼へと視線を巡らせる。
苦笑まじりの優しい瞳が私を横目に見ていた。

「さすがの君も緊張するか?」

「………そうですね」

なにに、とは聞かない。
答えは決まっているから。


でも、中佐。


私は潜入捜査よりも、貴方の恋人でいる事に緊張してしまうんです。

可笑しいでしょう?

彼は私の気持ちになど気づかない。

「大丈夫だよ」

優しい声。
でも、その声も、私を緊張させるだけなのですよ。



短い沈黙が流れて。



「………そのドレス、似合っているよ」


とても小さな声で彼が呟いた。


「………え?」


今、なんていったの。


「私の見立てに狂いはなかったな」


悪戯っぽく笑う彼。
どんな顔をしたらいいのかわからなくて。
赤くなる頬をごまかすために。


「サイズの事は忘れて下さいと言ったじゃないですかっ」


そう言って彼の肩を叩く。


「はははっ。忘れたんだが、中将に頼まれてな」

楽しそうに笑う彼。



ずるいですよ。



どうして貴方はこんなにも。





私を”女”にしてしまうの?





私だって、貴方を”男”にしたいのに。





きっとまだまだ無理でしょうけど。





いつか、きっとって。





思ってもいいですか?




楽しそうに笑う彼に心の中でそっと問いかけた。
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