long novel

□孤悲に溺れる夜 四話
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リザの背に手を当てながら足早に、男の視線を逃れるように進む。

ホール中央のバーまで来て、ようやく背中に感じる纏わり付くような男の視線が消える。
そっと吐息をつくと、リザも隣で緊張を解いた。

そのままウェイターにバーボンを頼んでカウンターに寄り掛かる。
リザには”スノーホワイト”と言うカクテルを頼む。
今夜の彼女にはピッタリだ。

グラスを傾けながら彼女を横目に見ると、その意図を察して身体を寄せてくる。
声を低めて囁く。
周囲には甘く囁いているように見える笑みを浮かべて。

「さっきの男、注意しろ」
「…一般人ではなさそうでしたね」
「ああ。……あの目は−−」
「我々と同じ目でした」


そう。
我々と、同じ。
咎人の目。
血濡れた者の目をしていた。
初日から予想外の大物に出会ったのかもしれない。

「戻ったらファルマンに確認しよう」
「では、今夜はこのまま戻られますか?」
「いや。目的は果たして帰ろう」

そう言ってグラスを煽る。
からんと音を立てるグラスを置いて、彼女から身体を離す。

「さぁマリー、次は君が楽しむ番だよ」




戸惑うリザの手を引いて、やって来たのはルーレット。
これなら彼女も愉しめるだろう。

先程のチップを専用のカラーチップに変えると彼女をルーレットの前に座らせる。

「赤と、黒、どちらが好きかい?」

尋ねた私を見上げて、リザはしばらく考えた後

「黒………です」

となぜか頬を僅かに朱に染めて答えた。

そんな彼女を不思議に思いながらも、黒にチップを積み上げる。

ディーラーが投げ込んだボールが円盤の中をからからと音を立てて回る。
それをやけに真剣な目で見つめるリザに

「なぜ、黒なんだい?」

尋ねてみる。
”焔”を戴く者としては赤と言って欲しかったのだがな。
なんて事はもちろん口が裂けても言えないが。

彼女はといえば。
私の質問にひどくうろたえている。

………なぜだ?
彼女を半眼になって見つめる。
いやな、予感。
知りたくもないのに。
気づけば、言葉が口から滑り出ていた。

「惚れた男の”色”か」

びくんと彼女の肩が跳ねる。
素直な反応の彼女を、先程までは可愛いと思っていたはずなのに。
今は、ひどく哀しく思う。

「違う」と言って欲しいなんて、わがままだ。
「惚れた男」などいないと。
そう思わせていて欲しいなど。
ただのわがままでしかないのに、勝手に傷つく。

そんな私の表情から何を感じたのか。
リザは戸惑う微笑みを浮かべて。

「あの…でも、今は蜂蜜色と、蒼が好きよ?」

そう言った。

それはハボックが好きと言う事なのか?
なんて考えてしまう。
もちろん、そんな色の男、アメストリスにはいくらでもいる。
しかし、周りですぐに浮かぶのは部下の顔だ。

君はハボックが好きなのか?
もし、そうなら。

祝福できるのだろうか?

ハボックはいい奴だ。
仕事もできる。
私と違って、本物のフェミニスト。
きっと、彼女を大切にする。
彼女は幸せになれるだろう。

それがわかるのに。

『祝福できるのか?』
その答えはひどく身勝手なもので。


傷つけてばかりだったくせに。



できるわけがない。


どれほど、いい男でも。
私が認めるほどの男だろうと。
彼女が愛した男だって。



祝福などできるわけがない。
自分以外の男のものになるなんて。



想像しただけで、おかしくなりそうだ。
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