long novel

□孤悲に溺れる夜 四話
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それからの数ゲーム、私は順調に勝っていた。
リザは膝の上で驚いた顔をしている。
私に敵対心を剥き出しにしていたあの男はむっつりと黙り込んでいた。
「イイ男はなんでも出来るのね」
なんて呟いているのはご婦人。
ディーラーは熱い視線をこちらに向けている。

意外にも手強かったのは人の良さそうな男だった。
手堅い手で攻めてくる。読みも確かで勝ち目のないゲームはさっさと見切りをつけていた。
軍人なら、いい指揮官になるだろう。
状況判断力、決断力、そして非情さを持っている。
若い男はただひたすらにがむしゃらだった。それがゲームをいい意味で混乱させていて、楽しくはある。


そして今。

すでに6枚のカードが配られている。
アクティブプレイヤーは私と敵意剥き出しのあの男だけだ。

私のカードは表でダイヤのAと4、同じくダイヤとスペードのKである。
表にはワンペアだが。
裏のカードはハートと、クラブのK。
この段階でフォーカードが出来上がっている。

対して、男は。
ハートとクラブのAにやはりハートの2と7。

「レイズ」と「リレイズ」の応酬でポットに置かれたチップが積み上げられていく。

7枚目が配られて。
男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
注意して見ていなければ気づかない程微かにではあったが。
男の目は勝ちを確信している。

だが、男は勝ちにこだわり、私に敵対心を燃やすばかりに。
失念しているのだ。
たった一つの、しかし決定的な事実に。

私はその敵対心を煽るように微笑んだ。

その意図と、男の失念している事実に気づいているのはおそらく人の良さそうな男だけだろう。
彼はわずかにこちらを見て笑っていた。

「…オールイン」
何も気付かずにすべてのチップを賭けてくる”敵”はまだ己の勝利を信じて疑ってはいない。

受けてたつと、ことさらゆっくりと伏せたカードをめくる。
男の顔が徐々に強張るのを見ながら。


冷酷な笑みを浮かべて。


「こちらにAがあるのですから、フォーカードを狙えない以上、オールインはしない方がよかったですね」


最後の一枚をめくる。
ハートのキング。


どよめく周囲に初めて気づいたがテーブルの周りにはかなりの人が集まっていた。

悔しげに顔を歪ませ、男は席を立つと、側にいた人を突き飛ばすように乱暴な足どりで去っていく。
彼のカードは予想通りフルハウスだった。

傍らに人が立つ気配がして顔を上げると、人の良さそうなあの男が立っていた。
善人そうな穏やかな笑顔はおそらく仮面。
その瞳の奥には残忍な光が灯っているのが、今ならはっきりとわかる。
私の意図を知って、なお笑っていたのだから。

「お見事でした。いや、実に楽しいゲームでしたよ」

柔らかい声。しかし冷酷な響きが込められている。

「こちらこそ。しかし、あの方には少し悪い事をしてしまったかな?」

悪戯っぽく微笑んで見せたが。
私を見る男の瞳の中の光は変わらない。

「また、対戦してみたいものです。貴方と」
「ええ、是非。また明日も来ますから」
微笑んで、席を立つ。
「それでは我々もこれで。さぁ、マリー」

リザを促して、足早にその場を離れる。

背中には、あの男の視線を感じながら。
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