long novel

□孤悲に溺れる夜 一話
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ごほんっ

「…あ〜…それから私と少尉は下調べにしばらく席を外すかもしれん。お前ら、サボるなよ」

「あんたと一緒にせんでください」

ハボックの一言に他の三人…いや、四人が一斉に頷く。
中でもリザが一番力強く頷いている…。

「うるさい!話は終わりだ。さっさと業務に戻れっ!」


まったくこいつらは上官をなんだとおもっとるんだ!

むぅと膨れながらリザを呼び止める。

「少尉、君は残ってくれ。まだ話がある」


「私にだけ、ですか?」


訝しげに尋ねられる。

「そうだ」

答えた時、扉を支えていたハボックがにやにやしながら余計な事を言った。


「中佐、いくら女好きだからってこんなところで少尉に手ぇ出さんでくださいよ」



「黙れっ!誰がそんな事するか!!さっさと出て行かんと消し炭にするぞっ!!馬鹿者!!」

手袋を嵌めて怒鳴る。


視界の隅にこちらに向かっていた彼女がびくっと肩を震わせ、立ち止まるのが映る。

ほらみろ!
彼女が無茶苦茶警戒しているじゃないかっ!

だが、元凶のハボックは

「へいへい」

と言いながら悪びれもせず扉を閉めて出て行った。

まったく、ホントにあいつは上官をなんだとおもっとるんだ!!




したくとも、出来るわけがないではないか…。

はぁ……っ

重いため息を吐き出して少尉を見る。
俯いている為、その表情はわからない。
顔にかかる金糸のような髪は以前よりだいぶ伸びてきた。
このまま伸ばすのだろうか?

ショートヘアの彼女も魅力的だが…。
長い髪の彼女もきっと綺麗なのだろうな。

ほんの少しだけ未来の彼女を想像して思わず笑みをこぼす。


あぁ、彼女はこんなにも私の心を穏やかにしていく。

まるで、魔法のようだ。


「少尉」

呼び掛けると、彼女はぴくりと肩を震わせて顔を上げた。

その表情にぎくりとする。
前言撤回。
彼女はこんなにも私の心を掻き乱す。

まるで。
今にも泣き出しそうな、そんな顔で見つめられて。

「ちっ…違うぞ!別に君に何かしようとかっ!そんな理由じゃないぞっ」


みっともないくらいに慌てて。
ぶんぶんと胸の前で手を振る。

「そう…ですか…」

「もちろんだともっ」

何度も頷く。

したいのはやまやま。
どんな場所であろうとも。
しかし。
気づかれるわけにはいかない。
気づかれれば君はまたいなくなってしまうのだろう?

いつかのように。
その背中に初めてキスを落としたあの時のように。

やっと。
君をそばに置く免罪符を手に入れたのに。
失うわけにはいかない。

たとえ。
「上司」と「部下」の関係でも…。
構わないんだ、君がここにいるのなら。

だから。
この想いは口にはしない。
することなど、出来ない。
もう、二度と失いたくはないから。

そして、嘘をつく。
慕情を隠して、当たり前のように。

「部下に手を出すほど落ちぶれてはいないぞ」


「そう……そうですね」


そう言って、彼女は小さく、弱く、微笑んだ。
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