long novel
□君を呼ぶ声 第十話
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ロイside
◇◇◇◇
肌を擽る柔らかな感触に、意識が浮上してくる。
薄く開いた瞳に映ったのは。
薄暗い部屋と。
その中で、光を放つように輝く艶やかな金糸。
小さな寝息をたてる彼女を腕の中に見つけて。
その寝顔に重なる残像に、一瞬喉を詰まらせた。
愛おしいと思う。
その気持ちに偽りはない。
まだ胸の奥に燻るものはあるけれど。
いつかそれも薄れて消えていくだろう。
今ここに。
この腕の中に、彼女がいてくれるなら。
そう。
いつか、きっと。
だってこれは。
私が望んだ事なのだから。
柔らかな金糸をかきあげて、現れた額にそっと口づける。
「……ぅん…」
小さな声を上げて、腕の中のリザが身じろぎした。
「おはよう」
声をかけると、瞼を擦りながら、重そうに瞳が開かれる。
その琥珀の瞳は、まだ夢の中を漂っているように蕩けていて、そこにあの鷹の眼の気高い光を見つける事は出来ない。
でも。
それでいい。
それで、いいんだ。
もう、彼女を血に濡れさせなくて済む。
彼女を、死と隣り合わせの戦場に立たせずに済む。
だから。
これで、いい。
「……おはようございます、ロイさん」
どこか舌ったらずな声で言って、私を見上げたリザがふわりと微笑んだ。
もう一度「おはよう」と囁いて微笑みを返すと、彼女を抱き寄せた。
包み込むように、優しく。
なめらかな肌の上に手を滑らせると、リザがくすくすと笑いながら首を竦め、身をよじった。
「やだ、ロイさん。擽った……」
だが途中で言葉を切り、ピタリと動きさえ止めてしまう。
訝しみながら顔を覗き込むと、琥珀の瞳と視線が絡み。
一瞬にして真っ赤になったリザは、そのまま布団を頭まで被って丸まった。
「リザ?どうし」
「ダメですっ!」
布団を捲ろうとした手を叩かれ、悲鳴のような声が私の問い掛けを遮る。
長い長い沈黙の後、蚊の鳴くような声が布団の中からかろうじて聞こえてきた。
「…んで、裸なんっ……なんですかっ」
「それは昨日…」
気を失うように、二人抱き合って眠りについたからだ。
でも、まさか。
「……昨日の事、覚えていないのか?」
「覚えてますっ!………わたしのパジャマ、どこですか?」
泣き出しそうに震えた声で言ったリザの手が布団の中から伸びて、ベッドの上をさ迷う。
彼女の探し物は、私の横、彼女がいる方とは反対側の床に落ちている。
「それならこっちだよ」
「取って下さい!」
ぶんぶんと振られる手にパジャマを寄せると素早く引ったくられ、布団の中に消えていく。
そのまま布団の膨らみがもぞもぞと動き出したから、中に潜ったまま着ているのだろう。
「…下着はいらないのか?」
「−−っいります!」
「では取ってあげよう」
パジャマと同じように床に落とされていた下着に手を伸ばした時、後頭部に何かがぶつけられた。
衝撃に揺れた頭に、さらに何かがのしかかる。
「だめっ!」
「痛いっ!こら、リザ!」
私の上にのしかかったリザが、そのまま床に落ちている下着を取ろうと手を伸ばすから、不自然な体勢で押し潰されて、抗議するも、無視された。
下着を取り上げた事で軽くなった頭を持ち上げ、振り返ると。
今度は先程後頭部にぶつけられた物−−−枕だった−−−を顔面に押し付けられる。
「うぷっ!?」
「こっち見ちゃだめっ」
「なんで?昨日も見たんだし、別にいまさら」
「きっ……昨日見てても今日は見ちゃだめなんです!」
枕を退けようとすると、ますます強い力で押し付けられて、いつかの朝のように窒息しかけた。
仕方なく、見ないと誓うとようやく枕を押し付けてくる力が弱まる。
目を閉じて彼女がパジャマを身につけるまで大人しく待っていると、予想より遠い場所から声がした。
「ロイさんも早く服を着て下さいね!」
目を開いた時には、リザの姿は静かに閉じられた扉の向こうに消えた後で。
一人取り残された部屋で、くつくつと笑った。
昔。
初めて彼女を抱いた朝。
あの時も、彼女はこんな風に、恥ずかしがっていた。
布団の中から顔を半分覗かせて。
真っ赤な顔で。
『おはようございます、マスタングさん』
そう言った彼女が、堪らなく愛おしかったんだ。