long novel
□君を呼ぶ声 第八話
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ロイside
◇◇◇◇
戦場にいたころは、どんなに些細な物音一つでも、飛び起きた。
誰かが傍に来ただけで、その気配に目が覚めたものだし、熟睡と言える程の深い眠りにつくこともなかったように思う。
いったいいつからなのだろう。
こんなにも無防備に眠るようになってしまったのは。
ただ一つ言える事は。
今でも”彼女”の気配のしない場所では、これ程不注意に眠ったりはしないという事だ。
その日、目が覚めた時、なぜか枕らしきものが顔面に押し付けられていた。
否。
枕らしきものを顔面に押し付けられた、その息苦しさに目が覚めた、という方が正しいか。
いまだ半分以上が眠りの世界の住人の状態で、事態の把握をしようと試みた結果。
まず最初に浮かんだ現状を説明する為の理由は『また枕を抱きしめて寝ているのか』だったが………。
違った。
両手は自由に動く。
もちろん枕を抱いてはいない。
第一、寝ている時によくやる癖とはいえ、こうも呼吸が出来ない程枕を抱きしめた事などこれまでない。
ならば何が原因なのか………。
思考を眠りの世界から呼び戻しながら、とりあえず窒息する前にこの枕を退かそうとして。
できなかった。
まるで誰かに強く押し付けられてでもいるように、寝ぼけた状態の、さらにいえば窒息寸前の状態の、力の入らない腕ではびくともしない。
枕の下で、瞳を閉じたまま、眉を寄せ−−−。
「−−−っ!」
すっかり失念していた、しかし現状を説明するのに最も整合性のある可能性に思い当たる。
すなわちそれは。
私を殺そうとしている人間がこの部屋に侵入した、という事だ。
枕を押し付けるという、一見効率の悪い方法も、実際には呼吸がほとんど出来ない事を考えればそれ程不自然ではない。
むしろ犯人の痕跡を遺さずに済むという意味では合理的とさえ言える。
だが、これが私を殺そうと侵入してきた者の仕業なら。
一緒に寝ていたリザはどうした?
その疑問の、最も考えたくない答が思考を掠めた時、まるで冷水でも浴びせられたように、一気に体温が下がった。
枕を押し付けられているせいで、喉から零れた悲鳴は、くぐもった呻き声にしかならない。
それでも動揺したのか、押さえ付けてくる腕の力が僅かに緩んだ一瞬の隙に枕ごと腕を振り払う。
「−−ごほっ…リ……リザッ!」
一気に喉に流れ込んできた新鮮な空気に咳込みながら、彼女を呼んでその姿を探す。
………までもなく目の前にいた。
あ……。
あれ…………?
「げほっ……ごほごほ…なんっ…?」
今度こそ上手く声にならない問いを向けると、リザはなぜか尋常ではない程赤い顔で私を睨んできた。
「なんですかっ」
と答えた声も、怒りになのだろうか、震えている。
その手にはたった今、私が振り払った枕が握られていた。
もしかして。
今枕を押し付けてきていたのはリザなのか?
でも、なぜ?
考えるまでもない。
怒っているからだろう。
なら、何に怒っているんだ?
……………。
まさか。
男の朝の生理現象を見られたのか!?
ガバッと布団をめくって確認するが、今朝はあの生理現象はおきていないようで、いたって普通の状態だった。
ますますわけがわからない。
その後しばらく無言を貫いたリザは、やがて小さな声で「おはようございます」と呟いて部屋を出ていってしまう。
後には私と、疑問が一つ取り残された。