long novel

□君を呼ぶ声 第六話
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ロイside

◇◇◇◇

前髪の若干焦げたハボックとファルマンを連れて訪れたそのレストランを出たのは、そろそろ混みはじめる昼時だった。

「司令部に戻りますか?」

後をついて扉を抜けたハボックの言葉に足を止めて逡巡の後、小さく首を振る。

「いや。寄りたいところがある。お前たちは先に戻れ」

「承服出来ません」

即答で上官命令を拒否するハボックに顔をしかめるが、ハボックだけでなくファルマンまでが、私の命令に従うつもりがないとわかってため息が漏れた。

「いつも言っているが、お前たちは少し上官を敬え」

「従うに足る命令なら従いますがね。いつ襲われるかわからない上官を残して帰るわけにはいかんでしょ」

「………お前らを連れて来たのは失敗だったな」

「今さら後悔したって遅いっスよ、大佐」

ハボックは、私が早々に追い返す事を諦めたと悟ったのだろう、ニヤリと笑ってこちらの肩を叩いてくる。

「ハボックは先に帰れ。ファルマンを連れていく」

『Yes sir』



「ここで待っていろ」

ハボックを徒歩で帰し、ファルマンの運転でリザのマンションまでやってきた私は、部屋の前にファルマンを待機させ、張られたテープを潜って開いた扉から一歩室内へと踏み込んだ。
数回仕事の都合で訪れた事のあるリザの部屋は、彼女の性格そのままに几帳面に何もかもが整理されている。
昨晩着替えを取りに寄った時と同じように注意深く家具の配置を確認しながら奥へと向かい、僅かに躊躇った後、寝室の扉を開いた。

ざっと室内を見回して壁際に置かれたライティングデスクに足を向ける。
うっすらと埃を被ったそれは、彼女が少女時代から愛用していたものだ。


すまない、リザ。


心の中で彼女に詫びて、天板を開く。
昔と変わらず、そこにはシンプルなノートが並んでいた。
数は記憶の中のものより増えてはいたが。
そのノートを一冊手にとり、パラパラとめくる。


『今日、初めてアップルパイを作った。お父さんは何も言ってくれない。でも、マスタングさんがおいしいよって言ってくれた。また今度作ろうかな』

『マスタングさんが落ち込んでいるのを見かけた。声をかけるとすぐにいつもみたいに笑っていたけど。錬金術のお勉強が上手くいかないのかな…。お父さんみたいに錬金術が出来れば力になれたのに。私はお父さんの娘なのに、どうして錬金術の才能がないんだろう』

『マスタングさんが、士官学校の最後の実習として、明日から戦争に行ってしまう。無事に帰って来て。どうかマスタングさんが、怪我なんてしませんように』

『背中が熱い。お父さんは、私が信頼出来る人にこの秘伝を渡しなさいと言った。正しくこの力を使ってくれる人。私には、そんな人、一人しか浮かばない。マスタングさんは無事だろうか』

『マスタングさんから電話があった。明日、家に挨拶に来るって言っていた。軍人になるんだろう。お父さんは、その電話の後、悲しそうな顔をしていた』

そこから先は、何も書かれていない。
ただ……。
何かを書こうとペンを置いたインクの跡が”何か”に濡れて滲んで残されていた。

別の、比較的新しいノートを取り上げる。

『中佐が、こんなまずい茶では仕事をする気にならない、と言った。お茶が美味しくない事と仕事は関係ないでしょうに。明日は非番だから珈琲を探してこよう』

『中佐は今日はデート。護衛に行くと言ったら、野暮な真似をするなと怒られた。あの人は本当に自分の立場をわかっていない。何かあってからでは遅いのに。どうせ私は野暮な女だ。今夜は眠れそうにない』

また別のノートを取り上げる。

『ハボック少尉がまた彼女にフラれたらしい。落ち込んでいる少尉を大佐がからかっていた。来週あたり飲みに連れて行くだろうから、明日から仕事のペースを上げてもらおう』

『今日は一日雨。目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうから、今日は本当に疲れた。無能になるといい加減自覚して欲しい。大佐はちゃんと家で大人しくしているだろうか』


「………日記でまで、無能呼ばわりしなくても、いいじゃないか」

いくらページを繰っても、書かれているのは私や部下の事ばかり。
もちろん仕事の内容も書かれてはいない。


「………中尉」

呟くと、不意に目頭が熱くなる。



なぜ、こんなにも。


胸が苦しくなるのだろう。



その答えを知っている。


だが。






認めるわけにはいかなかった。
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