long novel
□君を呼ぶ声 第三話
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ロイside
◇◇◇◇
買ってきた惣菜をテーブルに並べていた時バスルームから響いてきた、彼女の悲鳴と、ガラスの割れる音に弾かれたように駆け出した。
テーブルに身体をぶつけて、その拍子に並べられた惣菜が床に落ちたが、構ってはいられない。
「リザ、どうした!?」
ノックもせずバスルームの扉を開けて、硬直した。
ひび割れた鏡の前に、リザがこちらに背を向けて立っている。
バスタオルを巻き付けただけの姿で。
縫い留められたように視線が固定される。
呼吸が止まった。
瞳に焼き付いた、師匠の秘伝。
その一部を潰す為に私が彼女に刻んだ、醜い火傷の痕。
濡れた白い肌に、その二つが朱く色づいて。
初めて。
口づけを落とした背中。
あの日の彼女が、フラッシュバックする。
逸らす事も出来ないまま見つめていた背中が、不意に揺れた。
振り向いた彼女の、今にも泣き出しそうな瞳と向き合って、ようやく思考力が戻ってくる。
それでもまだ身体は、思うように動いてはくれなくて。
直ぐにでも背を向けて出ていくべきなのに。
左足を僅かに後ろへ引くのが精一杯だなんて。
「あ……す…すまな」
「…っ……マスタングさんっ」
後退りしながら絞り出した声を遮って、リザはそう言うと、私の胸へ倒れ込むように、しがみついてきた。
支えきれなくて廊下へ倒れ込んだ私の上に、リザが覆いかぶさるように身体を預けてくる。
水を吸ったタオルと、濡れたままの金糸が私のシャツを濡らしていく。
冷たくて、体温が奪われていくはずなのに。
濡れた布越しに触れた肌が。
熱い。
「………なさっ……マスタ……さん…ごめんなさ……」
繰り返し。
繰り返し、繰り返し。
私を懐かしい声で呼びながら「ごめんなさい」と彼女が呟く。
それはまるで。
その言葉しか知らないようで。
「リザ……なぜ、謝る?」
私の問いにも、ただ彼女は「ごめんなさい、マスタングさん」と呟いただけだった。
青ざめた頬を伝う涙を掬いとり、背中を撫でる。
私と彼女の”絆”を。
私の裏切りの”証”を。
私が彼女に刻んだ”罪”を。
それ以外何が出来ただろう。
この罪に塗れ、血に濡れた手で。
抱きしめる事など、赦されるわけがないのだから。
「何も、謝る事などないよ………君は、何一つ、悪くはないのだから」
そう。
謝らなければならないのは、私なのだ。
彼女の信頼を、一番最悪な形で裏切り。
その手を血に染め上げ。
彼女の幸せを奪ったのは。
私なのだから。
「謝らないでくれ……リザ。頼むよ……謝らないで…」
この世でただ一人の。
愛しい女を抱きながら。
冷たい床に身体を横たえて。
抱きしめる為の腕も。
囁く言葉もなく。
彼女の涙を止める術さえわからない。
胸の裡では、こんなにも想いが溢れているのに。
「……リザ…」
その名を呼ぶ事さえ、まるで罪を犯しているようで。
ああ。
これが、きっと。
私が君に犯した罪に与えられた。
その、罰なんだろう−−−。