long novel
□君を呼ぶ声 第二話
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ロイside
◇◇◇◇
「ちゃっかり名前で呼び合ってるんだもんなぁ」
適当に叩いただけというノックの後、入室許可の声も待たずに部屋に入ってきたハボックは、私の前に立つとそう言ってにやりと笑った。
「……」
無言で睨むが、気にした様子のないハボックは、くわえたままのタバコを揺らした。
「面会謝絶なんていうから心配したんスよ、俺ら」
「目覚めたリ……中尉には記憶がなかったんだ。いきなり多くの情報を与えても混乱するだけだろうと思ってな。見舞に来るのを断るにはちょうどよかった」
「それで俺たちに会わせないようにしている間に名前で呼び合う仲になったんスね」
ニヤニヤと笑うハボックは、止まることなく面白みのない書類に、サインを書いていく私の手元を覗き込んでくる。
僅かに乱れた筆跡から、私の動揺を読み取ったのか、口元に浮かんだ笑みが不快に深められた。
「……私がそうしろと言ったわけではない。軍での記憶のない中尉が、階級では呼びづらいと言うから」
「だったら俺も”ジャン”って呼んでもらおうかな」
「……ほう。頼んでみたらどうだ。その瞬間塵も残さず燃やされたいならいいぞ」
ギュッと音を立てて引き出しから取り出した発火布をはめると、ハボックが二三歩後ろへと飛びのいた。
笑みを張り付かせた口元が引き攣っている。
「冗談っスよ!」
「私も冗談だ。本気にするな、馬鹿者」
私が発火布を外して、引き出しにしまうのを確認してから、ハボックは再び机の前まで歩み寄って来た。
「あんたのは冗談に聞こえないんスよ……」
「半分は本気だ」
「ちょ!?」
「ハボック。そんなくだらん話をしに来たのか」
「……違うっスよ。被害者の聴取が上がってきました」
スッと瞳の中から、ちゃらちゃらとした色を消したハボックに、私もペンを置いて頷く。
視線で促すと、ハボックは手にした書類の束に目を落とした。
「被害者は”シルヴィア・パーシー”25歳。メインストリートにあるレストランでウェイトレスをしています。事件当夜は、その勤務先から現場近くの自宅に帰る途中だったそうです。近道をしようと裏通りに入ったところで突然男からナイフを突き付けられたと話しています」
「切り付けられたのか」
「いえ。それはなかったようです。パーシーは元々大した怪我もしていませんでしたから。精神的なショックの方が強かったようですね」
「当然だな。普通に生きていて、殺されかける経験をするとは思わないからな」
「彼女の怪我は、裏通りを走って逃げる際に転んで出来たものでした。俺たちが聞いた悲鳴は、男に追いつかれて上げたもののようです」
「中尉は……たまたまその現場の近くにいたのか」
「はい。すぐに駆け付けた中尉は、彼女を庇うように男と対峙し、その後一発ずつ発砲しています。この時の弾は見つかっていますね。やはり一連の通り魔事件に使われていた銃と同じ拳銃が使われています」
雨の中。
倒れる彼女の姿が、脳裏にフラッシュバックする。
指先が冷たくなっていくのがわかる。
犯人の弾丸は、彼女のこめかみのすぐ傍を通過した。
あと僅かでもそれていたなら。
朱い。
血の海に……。
閉じた瞳から、在りもしない幻を追い払うように頭を振って、震える指先をごまかすように組む。
痛ましいものを見るようなハボックの瞳を見返して、先を促した。
「続けろ」
「…はい。パーシーの証言によると、中尉の撃った弾は犯人に当たったようです。俺も逃亡する男が腕を押さえていたのを見ています。ですが…」
「あの雨だ。血痕は残っていない、か…」
「はい。犯人の足取りは掴めていません」
「犯人の顔は見たのか」
「いえ。フードを目深に被っており、顔は見えなかったそうです」
ギッと音を立てて椅子の背にもたれた。
ハボックの視線が、それを追い掛けてくる。
「ブレダの隊にイーストシティ中の病院を当たらせろ。正規のところも、非合法の町医者も全てだ。銃創の治療に来たものは虱潰しに洗い出せ」
「Yes sir」
「シルヴィア嬢には引き続き護衛を付けさせておけ。犯人がまた狙ってくる可能性があるからな」
「そっちは憲兵を二人付けています。それと、大佐…パーシーが、ひとつ気になる証言をしています」
「なんだ?」
問い返した私から視線を外したハボックは、一度躊躇うように瞳を伏せ、それからまたこちらに向き直る。
「中尉が、犯人の男を見て言ったそうです。”あなたは…”と」