long novel

□孤悲に溺れる夜〜外伝〜
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ぱたん。

マンションに帰って扉を閉めたとたん、ため息をつく。
今朝まではいつもと変わらない一日になるはずだった。
事実、サボり癖のあるあの上司が軍議から戻ってくるまでは、少し忙しいだけのありふれた日常の中にいたというのに。

キッチンを抜けて寝室に入る。

なぜこんな事になったのだろう…?

もう一度ため息をついてベッドの縁に座ると、ぼんやり姿見に映る自分を眺める。

『君はなんのためにここにいる』

あの人の冷たい声。
心臓を鷲掴まれた気がした。
私の心など見透かしてしまうような黒耀石の瞳。
見つめられて怯えた。

やめて。
私をみないで。

貴方を危険に曝したくない。
それは上司を思う部下としてではなくて。
そこにいたのは愛する男を想う、浅ましいただの女。

見抜かれただろうか。
あの、深淵の闇を纏う瞳に…。

ぼんやりとしたままブラウスのボタンを外して。
また思い出してしまった。


「本当に変な特技、持たないでください、中佐」

いつだったか、声を潜めて男連中で話していたことがあった。誰は何カップだとか、そんな話。
あれは”寝た”から知っていたわけではなかったということなのか。

私もそんな話題の一つに上がった事はあるの?

顔が熱い。
薄暗いから鏡に映る自分の顔もよく見えはしないが。
きっと赤いのだろう。
あの時と同じように。

服を脱ぎ捨て、下着姿のまま姿見の前に立ってみる。

見ただけでサイズなどわかると言っていた。
あの人の目に私はどんな風に映っているのだろう。

綺麗などとただの一度も思った事のない身体。
戦場で負った傷は小さな跡をいくつか遺している。
以前よりも筋肉のついた身体。
軍人としては、いいことだ。
むしろ、もっと必要なのに。
あの人を守る為には。

なのに哀しく思う瞬間がある。
綺麗で華奢な女の人が彼に腕を絡めるのを見る度に。

胸が締め付けられた。

私は選んだのに。
彼を守る盾になるのだと。
それは、確かに私の誇りなのに。
それでも羨ましく思う瞬間がある。

あんな風に私も、彼に甘えられたら…。
似合わないのはわかっている。
彼の隣に似合うのは、可愛い人。
いつも連れて歩いているような。
私にお似合いなのは彼の半歩後ろ。
だって私は軍人なのだから。
少しも綺麗ではないのだから。

「本当に…いやな人ね…」

私のサイズなど、あの人には興味もないだろうに。

どんな目で私を見ていたの。


左肩に指を滑らせる。
触れるのは醜い火傷の跡。

あの人が。


私に最後に遺した”熱”の跡。


でも、焼け爛れたのは身体よりももっと奥深く。

彼と私の哀しい絆を指で撫でる。


そこは、あの人が初めて口づけをくれた場所。
そして、最後に触れた場所。

『部下に手を出すほど落ちぶれていないぞ』

ええ。
そうですね。



今もまだ、あの日の、貴方の、熱に、焔に焼かれているのは私だけ。


心が焼け爛れていく。
貴方への想いに。
焔が消えない。
今もなお燻り続けている。


任務が始まったら。
あの人と恋人になる。

それは偽りだけれど。
遠い昔に置き去りにした、夢のように。
私は彼の隣に立つ。
腕を絡めて。



手の平に唇をそっと押し当てる。
あの人の舌が触れた場所。


鏡に今映るのは。
彼を守る盾となったホークアイ少尉?
それとも。
彼に恋しているリザ・ホークアイ?





偽りの”恋人”を演じられる事。




「あなたは嬉しい?」




答えのない問いをひとり。







鏡に向かって呟いた。
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