long novel

□孤悲に溺れる夜〜エピローグ〜
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ゴアッ

衝撃に倒れながら男に焔を浴びせる私を、背後から彼女が抱き留めた。
とっさの事で制御しきれなかった焔は、それでも男を殺してしまう前に消えてくれた事に安堵する。
出来るならば、もうこの焔で誰かの命を奪いたくはなかったから。


「…っ……」

腕の痛みに顔をしかめて座り込むと、私を支えてくれていたリザがもう一度、小さく悲鳴を上げた。

「中佐!…中佐!!」

私を呼ぶその声が震えている。
声だけではない。
後ろから胸へと廻された彼女の手も、背中越しに感じる彼女の身体も確かに震えていた。
安心させようと、その手をそっと包み込むように私の手を重ねる。
「大丈夫だ。弾が掠っただけだよ」
右腕の袖が裂け、血が滲んできてはいたがそれ程の傷ではない。
「…大丈夫」
もう一度そう言って彼女の手を握る。

震えを止めたかったその行為は、けれど彼女の身体を余計に震わせてしまった。

「…して…あんな……したんですかっ」

震えた声が途切れ途切れに言う。
ぎゅっと彼女の手が私の胸元を掴む。
「……どうして…っ」

「そうしたかったから」

君を失いたくなかったから。

「…っ!…馬鹿ですか貴方はっ!部下の代わりに撃たれるなんてっ……馬鹿です…!」
「…馬鹿でかまわん。……謝らないからな」

謝ったりするものか。
私は間違った事などしていない。
君を護る為に命を賭ける事が過ちなわけないだろう?

「開き直らないで下さいっ……私なんかの為に…貴方は…何をしているんですか…っ」

君”なんか”ではないよ。
どうして君はそうやって自分を貶ようとするんだ。

「君の為に命を張るのがいけない事か?」

「…っ…あたりまえでしょうっ!?私は」

リザの手をほどいて振り向く。
その瞳には、今にも零れ落ちそうな涙。

そんなにも私の身を案じてくれるのか。

「君は」

君は、私にとって。
とても大切な。

「君は、優秀な護衛だ。こんなところで失うわけにはいかない」

失うわけにはいかない大切なひと。

「その護衛を庇って貴方にもしもの事があったらどうするのですかっ!?」
「今日君に三度助けられた。そのうちの一つを返しただけだ」
「なにを馬鹿な事を−−−っ!」

零れ落ちた涙を指の背ですくって頬に手をそえる。

「……馬鹿でかまわないと言っただろう。私は」

馬鹿だったとしても。

「私も、たまにはナイトになりたいのだよ」

君を護るナイトに。

リザが唇を噛んだ。
その喉が震える。
もう一雫、涙が零れ落ちた。

「なにを……」

ゆっくりと、その瞼に唇を寄せる。

「…ちゅ……さ……」

零れていく雫をすくいとるように口づけて彼女を抱き寄せる。

塩辛いその雫はそれでもひどく甘くて。
これが恋の味なのかと思った。

「もう、泣くな。……私は生きている。君も生きている。それで、充分だろう?」

私の胸に顔を埋めたリザが小さく首を振る。
細い肩はまだ震えていて、私には金の髪をそっと撫でてやる事しか出来ない。

どうして君は、こんな私の為にそんなふうに泣いてくれるのだ。

私の罪を赦し。
私を護ると言った。
そばにいると。
『お望みとあらば地獄まで』と言ってくれた。


「…君を置いて、何処にも行きはしないから」


地獄に堕ちるその時までは。
君と共にありたいから。

「ならっ…もうあんな事しないで下さい」
リザが顔を上げる。
音もなく、透明な雫が琥珀色の瞳から零れ落ちていく。

なんて。
綺麗なのだろう。
泣き顔ですら、君はとても綺麗だ。

そのまっすぐな瞳を見つめる。
「約束はできない」
「中佐っ!」
「君に嘘はつきたくない」
「どう…して…っ」



その時階下からハボックの声がした。
「中佐たちを探すぞ」
ばたばたと走る音にため息をついて、階下に聞こえるように大声を出す。
「ハボック、こっちだ」
その声に反応するように足音が近づいてくる。

リザを見下ろして、もう一度告げた。
「ナイトに、なりたいと言っただろう?」
そう、君だけのナイトに。
スマートに出来なくとも。
君を護りたいと思う気持ちは誰にも負けないから。
「貴方は…馬鹿です」
思わず笑った。

もう一度その瞳から零れる雫を唇で受け止めて。

「馬鹿でかまわんよ」

彼女に微笑む。



私は私のすべてで君を護るよ。
君を、愛しているから。
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