long novel

□孤悲に溺れる夜 七話
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「ここでなにを−−−」

言った男の声は途中で止まった。
その視線は私を素通りして、すぐ側を凝視している。
辿った先にあったのは。


淫らに薄く開かれた朱い唇。
乱れた呼吸。
上気した頬。
蕩けたように潤んだ瞳はまるで誘っているようで。
脱がすのを諦めたドレスは、胸元がはだけて豊かな胸とそれを隠す下着が僅かに覗いている。

……なにをしていたかは一目瞭然だった。

ゴクリ

と喉を鳴らしたのは、どちらの男だったのか。
私かもしれなかった。


「………ぁ…っ……」


リザが漏らした小さな声に我に返り、男たちの視線から隠すように彼女の前に立つ。
こんなリザを他の男にいつまでも見せるわけにはいかない。

これは。
この姿は。


…いや。




リザは、私のものなのだから。


「申し訳ない。外の部屋がどこも埋まっていて…”鍵の開いていた”この部屋に」
「………開いていた…?」
私の声にようやく我に返ったらしい男が不審げな視線を向けてくる。
「ええ。どうしても、我慢ができなくて…」
そう言って、ようやくドレスのボタンを留めはじめたリザの頬を撫でる。

「…んっ……ゃ…」

彼女が漏らす吐息のような声にゾクゾクとする。
「……わかるでしょう……?」
この色香に逆らえる男などいるわけがない。

「……早く…ホテルに帰りましょ……?」

甘えた声音で囁かれて。
それは、どちらの意味で言っているのかを問いたくなる。
それでも私には
「そうだね」
と答える事しか出来なかった。


きっと、その意図は私の望むものではないのだから。


「失礼しました。さ、行こう」
トランクを持つとリザを促して部屋を出る。
男たちは彼女に気を取られたのか、引き止める事もせずに呆然と私たちを見送っていた。


外の廊下に出ると、リザが
「あの…化粧室に行きたいのですが…」
そう言った。
こちらを見ようともしない。
「……このままでは…」
唇に指を触れ、俯く。
私が、落としてしまった口紅。
首筋には私がぶつけた、身勝手な衝動の痕が薄く残っている。

「ああ…そうだな」

化粧室に消えていく彼女の背中を見送って、私もまた、男性用のそれへ入る。


『ホテルへ帰りましょ』


その意味は決まっている。
早くこの場から出ましょうという、たったそれだけの事。
続きを求めているのは私だけなのだから。



くちびるに残る彼女の感触。
身体の奥で燻るのは彼女の熱。
思考を焼きつかせ、今もまだ私を揺さ振り続ける衝動。



彼女は何を思っていたのか。


私のした事に。


彼女の瞳に見つけた焔。


それは。
私の瞳にあった焔が映っただけだったのではないのか。





触れた彼女の温もりは。
記憶にあるそのままで。
けれど思い出の中の君よりも確かに。
この胸を焦がしていく。




君は何を思った?



問い質したい。
けれど、答えを知るのが怖かった。



君が抱きたい。
私を愛してくれ。
君の心が欲しいよ。



もしも、出てきた君の瞳にまだあの焔が宿っていたら…。






そう伝えてみようか。




あの時君の中にあった思いが。
私の想いと同じだと、そう信じられたなら。














二度と君を手放したりしない。





冷たい水で濡らした顔を上げ、鏡を見つめる。
蒼のベールに隠れた、決意を秘めた瞳が私を見返していた。




それは淡い期待。
叶わぬと知っている願い。



それでも。
そんなものにすら縋りたいほど。



私の心はリザを求めていた。
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