long novel

□孤悲に溺れる夜 六話
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寝返りをうち、もう何度目かもわからないため息をつく。
閉じられた厚いカーテンの隙間から爽やかな朝の光がわずかに差し込んでいるのを確認して。
とても爽やかとは言えない顔で頭をかいて、起き上がるともう一つため息。

当たり前だ。
この五日間ろくに寝ていないのだから。
これで爽やかな顔なんぞ出来るなら、きっと今頃私は大総統くらいなっているはずだ。



………いや、それは無理か。



寝不足を通り越した頭は上手く働かないものだが。
今の私はそれよりもっとタチが悪い。
なにしろ、プラス欲求不満なのだから。



少しでも頭を働かせようとシャワーを浴びるべく部屋を出て。
ふと、リビングを挟んで向かいの部屋の扉を見てしまった。



リザが、寝ている部屋。
すぐ側に、無防備な彼女が夢の世界にいる。

ドクン

胸がざわめく。

その柔らかい寝息を覚えている。
まだ今も。
身体に感じる彼女の重みも、暖かさも。
覚えている。


触れたい。
もう一度、彼女を感じたい。


失ったものは今なお私にとってはかけがえないもので。


気づけば彼女の眠る部屋の前に立っていた。



なにをしようというのか。
彼女を起こさず成し遂げられるわけもないのに。
いや。
それ以前に寝込みを襲うなど、最低な行為だ。


わかっている。



でも。



足はまるで縫い付けられたようにその場を離れてくれない。



…彼女が受け入れてくれたら?



ありえない。
解りきった事ではないか。



…でも、もしかしたら。

この五日間、抱き寄せても彼女は抵抗しなかったではないか。

だから、もしかしたらと。


都合のいい考えが頭を掠める。



解りきった答えはぼやけた思考の奥底に沈めて。


私の手は意思とは反対に扉へと伸びる。



だめだ。やめろ!



心があげる警告は今の私には無力で。



指先がノブに触れる。








ゴンッ


「−−−−ッ!?」


開いた扉が思い切り私の頭にめり込んだ。
思わず頭を抱えてうずくまる。
声も出ない。
角!
今、思い切り角が当たったぞ!?


涙目で見上げるとリザが驚いた顔で私を見下ろしていた。


なんてベタな事をしてくれるんだ、君は。
なんだこれは。
もしかして私が君を襲いに来たと知っていたのではないのか!?

だが当たり前の事ではあるが、彼女は驚きと心配を滲ませた声をあげた。

「中佐!?大丈夫ですか?」

ちっとも大丈夫じゃない。
無茶苦茶痛い。
ホントに本気で痛いぞ!



ああ。

でも、大丈夫。


今の一撃でよこしまな考えは消えてしまった。



君が無事で、よかった。



こくこくと頷いて立ち上がると、彼女が首を傾げて、ものすごく当たり前で、しかしものすごく聞いてほしくない疑問を口にした。

「こんなところで何をなさっていたのですか?」

……………………。

「君を起こそうかと思って」

ぼそぼそと聞き取りづらい声で答える。
本当の事など言ったら、扉の角ではなく鉛玉が頭にめり込むだろう。
言えるわけがない。

「そうですか。申し訳ありません。…それにしても、中佐がこんなに朝に強くなっていたなんて思いませんでした」

くすくすと笑いながらリザが言う。
「昔は朝起こすのにあんに苦労したのに」
「あっ…あれは、師匠の生活に合わせたら夜型になったからで…!」
「あら、父のせいだったのですか?」
「………………半分は……」
「本当に大変だったんですよ。叩いてもちっとも起きてくれなくて」
懐かしそうに彼女が目を細める。

うん。
覚えているよ。
目を覚ますと、いつも君は少し怒っていて。
でも、おはようと言うと。
『おはようございます、マスタングさん』
そう言って笑ってくれていた。


目が覚めて、最初に見る君の笑顔がとても好きだったんだ。
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