long novel

□孤悲に溺れる夜 一話
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ガチャリ。

執務室の扉を開くと、リザが振り返った。
私のデスクにあった書類を胸に抱えている。

「今日の会議はずいぶん長引いたのですね。またサボられたのかと心配しました」

くすり、と笑ってリザが言う。

「む。私だってそうしょっちゅうサボっているわけではないぞ」

少しふてくされて答えると

「いいえ。しょっちゅうです」

ぴしゃりと言い切られて黙り込む。
わかっている。
確かにすきあらばサボろうとしているさ。
大抵の場合、この優秀すぎる副官に阻止されるが。
デスクに寄り掛かりブツブツと小声で文句を呟く。
その姿を見つめてリザは少し首を傾げていたが
「お疲れ様です。なにか飲み物をいれてきます」
そう言って部屋を出ていった。

その姿がパタリと閉じた扉で見えなくなると、盛大にため息をつく。

「さて…どうしたものか……」




「なにかあったんですか?」

戻ってきた彼女がマグカップを差し出しながら尋ねてくる。

受けとってふわりと漂った甘い香りに首をかしげた。

「……ココアかね?」

「はい。甘いものがよろしいかと思ったのですが、いつものようにコーヒーのほうがよかったですか?」

「いや…これがいい」


彼女はいつもそうだ。
私の内を見抜いて、欲しいものをくれる。
普段、会議の後は眠気を払う濃いコーヒーを。
しかし、今日のように苛立っている時は甘いココアを。
隠したつもりだったのに。
彼女にはこんなにも簡単に見抜かれてしまう。
まるで、長年連れ添った夫婦のように。
むろん、そんな甘い関係などではないが。
二人の間にあるのは「上司」と「部下」の関係。
それ以上は望めない。
望んではならない−−少なくとも今は。
その関係にため息をつきそうになり、ごまかすようにマグカップに口をつける。

こくり。

飲み込んだほのかな甘さに思わず笑みがこぼれる。

「うん。うまい」

そう言ってリザを見れば、彼女は柔らかな微笑みを浮かべていた。

彼女の入れてくれたココアは私の内の苛立ちを和らげる。
彼女の微笑みは私に決意を促す。

「なにがあったんですか?」

二度目の彼女の問いに、もう一口ココアを飲んで答える。

「会議の後、グラマン中将に呼ばれてな」

「……またお見合いの話ですか?」

ひそやかにしかめられた顔。
しかし、手にしたマグカップに視線を落としたロイがそれに気づく事はない。

「いや、極秘任務を頼まれた。あいつらを呼んでくれ」

ココアを飲み干したマグカップをデスクに置いて、私は決意をする。


知れば彼女は怒るだろう。
仕事に私情を持ち込むなんて、と。
だが、それでも。
たとえ、今以上にダメ上司と思われようと。

私情を持ち込むと決めた。
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