long...long....

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桜の蕾が膨らみ後一歩で開花を迎える頃、あの人は俺の目の前から姿を消した。

今、何処で何をしているのか昔ほど気にはならなくなったがこの季節になると、つい思い出してしまう。

大切で大切で、決して甘い記憶とは言い難いけれどそれでも、俺は―――


「たーくま君」


時は恐ろしい。

6年の月日は瞬く間に流れ、生徒だった俺はあの人と同じ教師になった。

K大付属の美術専科高等学部。

美的センスの欠片もない打ちっぱなしのコンクリートが目印の高校。

遠巻きに囲むマンションなどの住宅からは完全に浮き足立ち、そこばかりはやはり「芸術家が集う建物」に相応しいのだろう。

かく言う俺も此処の卒業生で、大学進学後教師課程を終えて2年前から講師を務めている。

時代のしわ寄せは教師にも非常にシビアに押し寄せ、教員免許を取得したところでもサラリーマンでいう「正社員」になれるのは難しいこと。

派遣社員立場に立つ自分は、3年という契約期間の中で結果を出さなければ意図も簡単に首を切られてしまう存在。

例え、それが卒業生相手でも関係性は持ち合わせない。


「こら、真野。ちゃんと先生と呼びなさい先生と」

「はーい。拓真先生」


が、どうやら俺は恵まれているようでこうして生徒にも程々に従われ、選択授業の受講生も多い。

実のところ先日、校長から正式採用の内定書を受け取り今のところ食べていく不住はしなくても済みそうだ。


「ねね、拓真先生。お願い」

「期限は延ばしません」

「えー、でも後一週間あったら今以上のものがぁー」


パンと顔の前で両手を合わせて、さながら神頼みのような行動を取るこいつは、俺が受け持つ絵画専攻の2年の野間。

自由気ままで、気分が乗ると筆が早いのだがその気分が乗り辛いと言うか、提出期限破りの常習犯。

それも一周ならば可愛げがあるのだが、彼の場合は一月後だったりするものだから皆と同じ様に点数をつける事は出来ない。

良いものは作ってくるのだが、期限は守る為にあるもので…。


「はぁ、仕方が無いな。でも1週間しか待たないぞ。それが遅れるようなら今回の点数は無し」

「ありがとう、拓真君、大好き」

「はいはい、分かったからさっさと次の授業行って来い」


大きく手を振りながら走っていく真野に手を振り返してやりながら、ふと丸くなったものだなんて感心する。

あの歳の俺と言えば期限は絶対だったし、融通なんて言葉は存在しなかった。

期限に間に合わせられないのは己の力不足だと思っていたし、何より社会にで通用しない言い訳だと妙に冷めた考えを持っていたものだ。

なんとも可愛げのない小生意気な餓鬼。


「あぁ、掃除しないと」


本日の目的を思い出し、独り言に呟いて踵を返す。




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