短編

□孤独な愚者の夢想
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ぼんやりと時間が流れる感じで、心地良い。

たまに会話をしたり、丸付けに没頭してみたり。


「先生」
「ん?」


新八はテストを俺に見えるように差し出して、ズイッと顔を近付けてきた。


最近よく新八から香る良い匂いがした。


「このはねどう思います?なんか微妙なんですけど」
「あ〜…。これ誰のだ?」
「田中さんって子ですね」
「田中か…顔可愛いから丸で良いわ」
「最低だな、あんた!どんな採点基準ですか!」


ぺしりと頭を叩かれた。


新八が近くで動く度に、やっぱり良い匂いがした。


香水みたいにキツくはなくて、だからって柔軟剤とかとはまた違う良い匂い。


「まあまあ。それでも新八には全くかなわない可愛さだよ」
「何バカな事言ってるんですか」
「………」


どんだけドライなのこの子。


ふつー恋人にこんな口説き文句言われたら、ちょっとは照れるだろ!


もし俺が新八にこれに相当する口説き文句言われたら、可愛い可愛い連呼して抱き締めてるよっ。


「先生?」
「はっ」
「大丈夫ですか?フリーズしてましたよ」
「あ、あぁ」
「眠いんですか?」
「や、別に。」
「そうですか」


新八は少し不思議そうな表情をしたけど、また大人しく丸付けを再開した。


「……新八さ」
「はい?」


頭をガリガリと掻いた。


「あ〜、えと…今週の日曜日バイト?」
「え?何でですか?」

新八はきょとんとした。……ほんと可愛いなバカっ。


「や…ちょっとは察しろよお前」
「察しろって…。え、デート的なもの…?」
「それ的なものです」
「あ…」
「どうですか」


何か恥ずかしくなって、頭を掻きながら俯いた。


「………す、すみません。今週日曜日もバイト入れちゃってて…」
「………」
「すみませんっ」


新八は眉をハの字にして謝ってきた。


まあバイトなら仕方ない。

仕方ないけどさあ…


「……またバイト?」
「はぁ…」
「先週もその前の週もだったじゃん」
「すみません…」


最近新八はほんとに学校以外じゃ会ってくれない。


デートしないように日曜日にバイト入れてんじゃないか、って疑うくらい休日は会ってない。


「………」
「先、生……?」
「まあ、…良いわ」


俺ばっかり、みたいな気がする。


俺は新八の方は見ずに、俯いたまま丸付けを再開した。


「先生、お、怒りましたか…?」
「別に。…バイトなら仕方ないだろ」


言い方が冷たくなってしまった。…ガキか俺は。


「あの…ごめんなさい…」
「何が?」


新八は赤ペンを持っている方の腕の袖をきゅう、と遠慮がちに摘んできた。


「バイトたくさん入れちゃって…」
「……しょうがないだろ。金は稼ぐ以外にはどうにもできねぇし」
「でもっ……」
「あ〜…。もう良いから」


なんかデート誘って断られてばっかの俺が惨めに感じた。


摘まれた袖を心なしか振り払うように、赤ペンで丸を付けた。


「………」
「………」


少し気まずい雰囲気になった。


俺が作り出した雰囲気だから悪いけど、でも俺だって毎回毎回デート断られてたら八つ当たりだってしたくなるわ。


お前俺の事、もう好きじゃねぇんじゃねぇの?ってさぁ。






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