長編【壱】

□さん
1ページ/1ページ





非番の沖田が私服で町をブラっと歩いていた。あれからまた幾日か過ぎた頃、休養中だった事から、完治してからずっと働き詰めだった沖田にとって、久しぶりの休みを貰い、しばらく町をフラついていた足を、ある道先へと定めて歩き出した。


人数が少ない住宅地をの中を歩き、何人かの人とすれ違った後に、ある一軒家の前で足を止めた。

他の家に比べ、けして大きい家ではない。だが、玄関先から中庭がよく見えた。縁側に人が座っているのが見え、それが絵になると、内心沖田は思った。


「あら、お客さん?」


不意に後ろから声をかけられ、勢いよく振り返る。声をかけたのは隣に住む中年のおばさんだった。勢いよく振り返る沖田に驚いた表情を見せたおばさんは、しばらく沖田の顔を見た後、嬉しそうに笑った。


「サツキちゃん、お客さんだよ」


おばさんが、縁側に座る女性に声をかける。すると女性はゆっくりと、開かない目でこっちをでき見た。


「お客さん?」
「若い男の子だよ。罪に置けないね」


そう言ったおばさんは、家の庭まで案内してくれた。気を利かせてくれたのか、おばさんは直ぐに家に戻っていった。


目の前にいる、サツキという女と沖田の間に微妙な空気が流れた。すると女はクスッと笑い、口を開いた。


「隣、座ります?」


その言葉に、沖田は数秒と静止し、「え、あぁ…どうも」とだけ言って、隣に座った。


「お客さんは、今月に入って三人目ね。なかなか訪ねるお客さんはいないもの。もしかして、兄さんの知り合いかしら?」
「いや…」
「あら、だったら隣のおばさんの勘違いだったのかしら。だったらごめんなさい、でももし時間があるなら話していかない?」


サツキという女は沖田の返事を待つ前に、話し始める。


「声からして、若い男の子なのね。名前は?」
「総悟です」
「総悟くん、いい名前ね。私はサツキ。いい」名前?」
「それ、聞くんですかィ?」
「女はね、いつまでも褒められていたいものなのよ」
「そりゃ生憎、俺ァ苦手な分野でさァ」
「でしょうね、男の人ってみんなそう。私の兄さんもそうだったわ」
「きっと、兄上も素敵な名前なんでさァ」
「ええ、兄さんはね、イツキって名前よ。」
「へー」


書類で見た同じ名前を告げられ、沖田は声色を変えずに困ったような表情で空を仰ぎ見た。サツキは、変わらず話しを続けた。


「私の兄は、つい先週抗争に巻き込まれて命を落としたの。」
「それは、お気の毒に」
「兄が、なんでそんな所にいたのかさえ私にはわからなかったけれど、きっと兄は悪いことに首を突っ込んでいたんだと思う。」
「悪いこと?」
「攘夷派…とか」
「攘夷…」


何気ない会話から出てきた、つい先日まで殺り合っていた相手の名前。その言葉に、僅かに体が強張った。


「でもね、仕方のないことだとかしょうがないと、で済ましたくないんだ」
「それは、みんな同じでェ」
「そうね、だから私の病気も諦めてない」
「体、弱いんですかィ?」
「長くは生きられないみたいで、あまり外に出ることもないんだ。目が見えないし。だから、久しぶりにこうやって人と話せてよかったよ」
「それは何よりでさァ」
「もしよかったら、また来てくれる?話聞いて?聞かせて?」
「気が向いたら、考えてやってもいいですぜ。」


そう答えると、サツキは嬉しそうに微笑んだ。同時に沖田は苦笑を浮かべながら、自分の姉上と重ねて、心の中で合掌した。








2010/6/3

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ