宝物

□三杯目のコーヒー
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考える

考える

時間が無い




悩むのは、大事な奴だから。






待つ事が苦にならない、と思うようになったのはこの店の美味いコーヒーのお蔭だ。以前の自分なら遅れて来た相手に一つ二つ文句を言っていた。

しかし今ではそれがない。この店で待ち合わせの時限定で。店主は温和で付き合いやすい人柄だし、店内の雰囲気が気分を落ち着かせ、申し分ないのだ。持ち上げたティーカップを置き、机上に置いた本へと手を伸ばす。待ち人が店に来るのは約一時間後だ。今は気持ちが乱れないよう何も考えずにいようと努める。本を開いて視線を落とすと、視界にそれ≠ェ入った。



(…これを、オレが)



軽く頭を振って、思考を止める。駄目だ、考えるな。想像するな。今から緊張してたんじゃ、身が持たない。どうせあの扉からアイツが入ってきた時。いや、恐らく十分前ぐらいになれば嫌でも緊張するのだから。そう考え、オレは時間になるまで意識を本の世界に、落とす。





どうしてこんな事をするのか。自分のことなのにわからない。この胸の内に在るのはただ祝いたいという想いだけだ。高校ではクラスが違う。関わる機会といえば図書室や廊下でとか、偶然ばかりだ。けれどオレの中でアイツは結構大事な友人の一人だったりするから不思議だ。

オレの名を呼ぶ声を訊きたくなる。その姿を見たくなる。会話をしたくなる。出逢いは極ありふれたものだったが、何百人といる生徒の中でお前と出逢えた。それに感謝したくなる時があることを、絶対アイツは知らない。知られたくないが。(恥ずかしいからな)


この店を紹介された時、正直意外だった。こんな静かな場所。女子の、ましてや元気の塊みたいなアイツが好むとは思えず、何故この店をお気に入りにしたのか無性に知りたくなったことがある。だからふとある日の午後。窓際二人掛けの、アイツの特等席でコーヒーを楽しみながら尋ねた。勿論理由としてそう考えた、先程の事を添えて。するとアイツは少し口を尖らせて、けれどからかい口調で爆弾を落とす。あの時のオレの焦り様は、ヤバかった。



『サスケって、私の事ばかり考えてるんだ?』



別にすぐさま否定してもよかっただろう。オレの性格と場の空気が笑い事として片付けてくれた筈だ。しかし、オレにはどうしても出来なくて、違うと言えず核心を突かれた気がしてならなかった。必死に抑えた頬の熱は気のせいではなく、どくどくと脈打つ心臓。そう、そうなんだ。

オレはアイツのことを考えている。ナルトやサクラ達と居ても、アイツの顔がチラつき、この場にアイツがいたらもっと面白いんじゃないか、と想像してそれが現実になることを望んでいる。だが反面、俺しか知らない、あの集団の中でオレしか繋がっていない繋がりを見せたくない自分が居る。日常の些細な出来事が全て、ではないが最近特にアイツと繋がる。

文庫本を手にして、アイツも読むだろうかと。新製品の菓子を見て、明日あたりに買って見せてきそうだと。野良猫を目で追い、そういえばアイツは猫が好きだったと。どれもこれも行き着く先にはお前が居る。お前が笑っている。楽しげにオレに笑いかけ、オレの名を呼び、気遣いの言葉を掛ける。『私ばかり話してごめん』と。気にする必要はないのに。



『…お前の事とばかり考えてたら、笑い死にするだろうが。ウスラトンカチ』


『んな! 失礼なっ』



会話としては成り立っていない。が、オレとしてはアイツが沢山の出来事を話すのを訊いていたいから、このままでいいと思っている。否定はしたが、オレの知らないアイツの日常とやらに耳を傾けるのは心地よい。退屈しない、緩急のついた喋り方は巧い。

見たことのないアイツの友人とアイツとの笑える事件。追いかけた猫のこと。趣味で撮った、写真。オレに蓄積されていくアイツの情報は、もっと知りたいという欲に火をつけ勝手に口を動かす。引き出したそれらを大切に抱えてオレは忘れないよう、脳に刻む。


冷静に考えると、アイツはもう友人の枠には収まらなくなっていた。親友、でもない。では何か? と自分に問いかけても一向に答えは出ない。そんな時によぎるのは、やっぱりアイツの言葉で。



『考えて考えて、それでも見つからなかったら、頭の隅っこに置いといたほうがいい。無理やり出した答えは、信用ならないよ』



まるで何十年も生きてきた老人のような口ぶりを思い出し、そっと肩の力を抜いたのだった。それからオレは一度も答えについて考えていない。今はまだ無理だと、悟ったからだ。けれどいつかは出したい、答えを。



「そろそろか…」



読みかけの本にしおりを挟み机上の端に置く。長針は待ち合わせ時間の十分前を指している。予想した通りゆっくりだが確実に早くなる心音を鎮める方法をオレは見つけられないでいる。だから唯一できる深呼吸を数回繰り返した。会話の中で知った情報のひとつ。9月22日。アイツの誕生日。



(こんなに緊張するとはな……)



なんとなく、祝いたいと思った。オレ自身は誕生日の度に追いかけられて詰め寄られていた為、よく分からなかったが。『祝われて嬉しいか?』 の問いに 『嬉しいよ、凄く』と言ったから、気まぐれもいいかと思えた。何を買ったらいいのか分からず頼みの綱の母さん(サクラに頼むと厄介な事になりそうな気がした)にさりげなく尋ねたり、普段絶対入らない店に入ったり、オレらしからぬ行動だったが、どうでもいい。

今は純粋に、アイツの喜ぶ様を見たい。というか、喜んでもらわなければ困る。これだけ苦労したのだから、それに見合うものを見せるべきだ。―――と内心で勝手なことを言い連ねていると、時計は五分前にを示している。



(喜んでもらえる、よな)



確信が持てない。オレらしくないが、仕方ないだろう。不安になるわ、待ち遠しいわ、恥かしいわ。誕生日ってヤツは全くオレに優しくない。だが、もし。単純だが、アイツが微笑んだら、オレはきっと誕生日の良さを知る。祝われるばかりだったオレが、初めて祝う、人間。これはきっとオレにとってでかい意味を持つ。


もしかしたら、これをキッカケに答えを、オレの中にいるアイツの立ち位置が定まるかもしれない。こういうことは些細なことで変化するものだ。くそ、待ち遠しい。アイツは此処に居ないのに、引っ掻き回される。この場から動けず、何故かもどかしさなんてものも出てきた。



最後に一度、深呼吸をする。向かいの席を見つめ、はっと大事なことに気付いた。



(そういえば、そういう事だな)



アイツが此処に来るということは、誕生日という日のアイツの時間をオレが使うということ。大事な日に、大げさに言えば、オレひとりがアイツを独占できる。大げさに言えば、だが。それは特別ではないのか。重要視することじゃないのか。オレは無自覚で、もの凄い事をしてしまっているのではないか?





オレがその事実に気付いたのは、待ち合わせ時間一分前。数十メートル先に、もうすぐそこに、待ち人が、来ている。






三杯目の珈琲






(2008/9/22)

『Kaleido Scope』
鴬梁 鷲さま

Happy birthday!



びっくりすぎて飛び上がりました!サプライズ!

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